小春日和。
暖暖の百日宴。
福寿院には大勢の親類や友人が訪れて来た。
大夫人が暖暖を抱いて座っているところへ皆が祝いの品を持って挨拶に来る。
集まって来た人々が暖暖を大夫人似だと褒める度に大夫人の相好が笑みで崩れる。
「そうなんだよ〜、私の子どもの頃とそっくりなんだよ〜。目が特に似ていると言われるのよ」
令宣と十一娘は来客の応対に掛り切りになっていた。
暖暖の事になると令宣は手放しで褒め頬も緩みっ放しだった。
客の多さに応接間だけでは足らず庭園にも机と椅子を出した。
酒肴、果物や菓子・点心を楽しむ人達でそれは大層賑やかな宴となった。
使用人達がその間を忙しそうに立ち働いている。
「大奥様、そろそろ暖暖様の授乳のお時間ですので…」
「あゝそうかい…では頼んだよ」
大夫人の腕が疲れたと見てすかさず杜乳母が大夫人から暖暖を引き受けた。
杜乳母は暖暖をその乳母である盧乳母へ預けると奥へと下がらせた。
客間は引き続き大夫人や令宣夫婦を中心に歓談の輪が広がっていった。
やがてその賑やかだった宴もお開きとなり令宣達は正門の前に揃って来客達を見送った。
「十一娘、疲れただろう」
最後の客を見送った後、令宣は妻の頬に触れると愛おしげに撫でた。
「いいえ、あんなに沢山お祝いに来て頂いて嬉しいです。旦那様こそお疲れになったでしょ?」
「お前が準備してくれたから私は何も苦労しなかったぞ。ご苦労だったな…」
二人で顔を見合わせて微笑み合っていると突然照影の悲痛な声が割り込んで来た。
「旦那様、奥様大変です!」
「どうした?」
照影の顔が歪んでいる。
「暖暖様が…暖暖様が居なくなりました!!」
「何!?」
この徐府で
三ヶ月の乳児が攫われた…。
有り得ない。
「騒ぐな」という令宣の命令にも関わらず
福寿院は上を下への大騒ぎになった。
暖暖は福寿院の大夫人のかつては諄が使っていた子ども用の寝室に寝かせてあった。
そこから忽然と消えたと…
寝台の側で盧乳母が身も世もなく泣き崩れていた。
彼女は大夫人付の杜乳母の姪にあたる。
一人息子が居るが若く元気な上に豊満で乳がよく出ると杜乳母がしきりと薦めるので大夫人が採用した。
杜乳母は真っ青な顔で盧乳母を見下ろしていた。
令宣は泣き崩れて要領を得ない盧乳母の横に片膝をついて何とか話を聞き出そうと苦心していた。
盧乳母は真っ赤になった鼻をぐずぐず言わせ、許しを請うように令宣の袖に縋った末にやっとの事で話し出した。
授乳した後暖暖様がぐっすりとお休みになったので寝台に寝かせました。
そのあと私は食事を取ろうと厨房まで出掛けその間は暖暖様付の侍女一人に任せておりました。
帰ってみると侍女は持ち場を離れており戻ると暖暖様の姿がかき消えておりました。
やっと聞き出せたのはそれだけだった。
十一娘は血の気の無い顔でその話を聞いていたが、皆が心配して見守る中フラリと立ち上がった。
「暖暖を……探して来ます…」
今にも倒れそうな顔色でそう呟く妻を令宣が抱き締めた。
「十一娘!待て。お前が動いてはいけない。今から屋敷内をすべて捜索させる!」
令宣は集まってきた家職や男の使用人や侍女達に次々と指示を出した。
「候爵!」
居庸関へ出張していた臨波が駆け付けてきた。
「臨波、来てくれたのか」
「先程戻りました。話は聞きました。早速調査にとり掛かります!」
表門脇門ともに門衛が見張っている。
臨波は出入りしたのは誰か門衛に聴き取り調査を開始した。
正門は身分のない者を通さないのが決まりだ。
可能性があるとすれば二箇所ある脇門と厨房の裏門だ。
脇門の門衛は普段通りであったと報告した。
八百屋や魚屋などの御用聞きが通る裏木戸がある。
裏木戸から直結している厨房へ臨波は入り込んだ。
厨師は首を傾げながら臨波に答えた。
「いつもの八百屋が風邪をひいたとかでその女房てのが野菜を配達しに来たなあ…どんな人相かって?手拭いで顔を巻いていたのでよく分からんなぁ…そうそう背の高い痩せた女だったよ…」
臨波はその女が怪しいと直感した。