医師の見立ては芳しくなかった。

「流産でご健康を損なった上に、冷えで内臓が下垂しています。長期的に治療しないと命に関わります」

姜若夫人は二娘の枕元に立ち難しい顔つきでそれを聞いていた。

「この処方の通りに薬を調合させて下さい」

金蓮が医者を見送りに出ると処方箋を見ていた姜若夫人が冷たく呟いた。

「随分と重病のようね…」

処方箋には朝鮮人参や霊芝など滋養強壮の高価な薬剤が記されていた。

この義妹に無理を強いたのは失敗だった。

結局徐家を怒らせ、何ひとつ得るものはなかった。

それどころか身体を壊し王家で寝込む人間を一人増やしただけだった。

「母上は療養させろと言ってるから、今後屋敷の事は王劉氏に任せるわ」

姜若夫人の口から耳にした事のない名前が出て来た。

二娘は嫌な予感がして半身を起こした。

「王劉氏?」

「入りなさい」

入って来て二人に挨拶したのは気の強そうな年かさの女で王家の遠縁にあたる寡婦だという。

こんな親戚が居るなどと初めて知った。

縁戚に当たる王劉氏の一子を茂国公家の世子として養子に迎えると大旦那様が決めた。

姜若夫人は病の二娘に代わり当面世子の世話と王家の家事を彼女に任せると宣言した。

「貴女の力になってくれるわ」

「お引き立てをありがとうございます」

起き上がれない二娘を王劉氏は優越感とも侮蔑ともとれる笑みを浮かべて見下ろしていた。

「屋敷の事はお任せ下さい」


昨日の雨が嘘のように晴れやかな朝を迎えた。

使用人達は屋敷内の道を綺麗に掃き清めるのに忙しかった。

福寿院の居間では大夫人に挨拶する為家族が揃っていた。

昨日の出来事を説明する為に十一娘が口を開いた。

「聞く耳を持たない二姉を帰らせる事が出来たのは令寛殿のお陰です」

五男令寛の手柄と聞いて大夫人は笑みを浮かべた。

「そうなのかい?」

怡眞も興味を唆られた。

「一体どんな手を?」

丹陽県主が夫に代わり種明かしをした。

「王煌に恨みを持つ遺族を探し出したのです。夫は遊び人のように見えますが世間の各層に色んな知り合いが居て顔が広いのです。それが思い掛けず役に立ちました」

令寛は得意げだった。

「王煌は素行の悪い男で恨んでいる者は大勢居ますよ。探し出すのは簡単でした。四義姉上のご指示通り後で王家からだと言って見舞金を渡して帰ってもらいました。もう王家へ抗議に行く事もないと思います」

大夫人は関心して令寛を褒めた。

「上々だわ!荒っぽいけど慈悲深いやり方ね。よくやったわ」

令寛は謙遜した。

「大した事ではありません。兄上には及びませんよ」

大夫人は令寛がより徳を備えた大人になった事を心から喜んだ。

「令寛、卑下するんじゃないよ。二人は徐家になくてはならない両輪なんだ。この徐家は兄弟二人で守ってこそ外からの攻撃も恐れずに済む」

令寛は照れていたが彼らしい冗談で場を和ませた。

「そう言って頂ければ、夕餉は存分に頂けます」

「もう!冗談ばっかりなんだから」

県主も朗らかに笑って大きいお腹を撫でさすった。

「十一娘」

大夫人が十一娘を改まって褒めた。

「令宣に聞いたけれどこの件は非常に厄介だと。でもそれを上手く切り抜けてくれたね」

令宣によると区家が絡んだ殺人事件で十一娘は巻き込まれたに過ぎない。

二娘は王家の内部事情で苦境に立っていて区家にそれを利用されたと話していた。

聞けば聞くほど十一娘には何の罪もない。

大夫人は花宴の事では彼女に言い過ぎたと思っていた。

「恐れ入ります」

「今回の件で二娘は見苦しい真似をした。それでもお前は姉を思いやっている。これからはまめに顔を見に行っておやり。気の毒な女子だもの。大きな一族の中できっと辛い思いをしているんだよ。今後助けが必要な時には力を貸すんだよ」

「ありがとうございます!義母上」

降り懸かる火の粉は困難だったけれど、令宣の執り成しや令寛の協力で上手く切り抜けることが出来た。

義母上もこうやって深い理解と思いやりを示してくれた。


当初徐家の人達は他人だと諦めていたのに、

十一娘は初めて家族の温もりに包まれていると感じ始めていた。