とうとう都察院で三司審が行われた。
十一娘は粗末な監獄衣のまま、三司の前に引き出されひざまずかされた。
令宣は審議が行われている最中その隣に立ち参考人として質問に応じる。
証拠では主犯は十一娘で密輸を主導したとされていた。
だが李尚書は十一娘は実行犯で黒幕は令宣だと改めて主張するつもりだった。
「徐羅十一娘、人証、物証揃っている。事実を認めないのか」
十一娘は落ち着いて答えた。
「皆様、どうかご明察下さい。私と仙綾閣は密輸に関わった事がありません」
「証拠が出揃っている。言い逃れは赦されん」
李尚書は身を乗り出した。狙った本丸を暴き出す為に。
「もう一度聞く、海賊とどうやって連絡を取っているのだ!誰に指示された?」
十一娘は黙秘した。
旦那様を罠にかけたいのでしょう。
死んでも嘘は言わない!
李尚書は待っていたとばかりに証人の尋問を要求した。
「お前が言わないなら他の者に答えて貰おうか・・誰か!証人を連れて来い」
十一娘の隣に連れて来られたのは仙綾閣で働く難民の女性だった。
「お前は誰か」
女は明らかに震えて臆していた。
「・・私は仙綾閣の職人、張氏です」
李尚書は居丈高に問うた。
「職人張氏!お前の見たこと聞いたことを正直に言え!」
この瞬間令宣にも十一娘にも彼女がこの後何を喋るのか察しがついた。
「仙綾閣で働いている時に・・永平候爵がよく出入りするのを見ました。仙綾閣の商売にも候爵が関わっています。今回の刺繍の密輸も候爵の指示です」
淀みなく答える様子に答え方を練習させられたのだと思った。
「張さん!どうして嘘を言うの?!脅迫されたの?」
十一娘が腕を触ろうとしただけで張氏はびくっと身を竦めた。
その首筋には赤い痣が出来ていた。
明らかに拷問の跡だった。
本人だけでなく家族を巻き込み脅迫したに違いない。
李尚書は机の上の経木を激しく叩くと恫喝した。
「徐羅氏!大人しくしないと刑具を使うぞ!」
その上で両側に座る長官と陳閣老の方を向いて主張した。
「今聞かれましたでしょう!私はこの件について永平候爵と徐家を徹底的に調査すべきだと思います!」
まくし立てる李刑部尚書に対して両側に座る御史台長官や大理寺長官はあくまで冷静だった。
彼らは永平候爵徐令宣の経歴と清廉さを高く支っていた
「たった一人の証人の言葉だけで判断するのは軽率というものでしょう」
その言葉を受け陳閣老が令宣の話を聞くべきだと提案した。
「密輸の件に永平候が関わっていると言うのなら彼の言い分も聞かなければなりません」
「仰る通りです」
御史台長官も賛成して令宣に発言の機会が与えられた。
全員の目が徐令宣一人に注がれた。
令宣は陳閣老に奨められた離縁状を使う積もりは無かった。
生きるのも死ぬるのも彼女と一緒でなければ意味がない。
「妻は仙綾閣に入って以来、絶えず刺繍の技を研鑽し民を助けて来ました。これまで不適切な事を一度たりとした事がありません。この件には疑念を差し挟まざるを得ません。皆様この職人の傷をご覧下さい。拷問にかけられ無実の罪を認めされられたのです」
李尚書は鼻白んだ。
「拷問ですと?この私に犯人の尋問方法について教えてやろうと言うのですかな?犯人がどうしても罪を認めないなら我々には拷問する権利がある。また真実を明らかにする責任があります」
「李殿、もし我々が密輸に関わっていると言うのなら、何故我々が海禁解除に向けて懸命に働きかけていると思いますか?海禁を取りやめれば自由な貿易が可能になります。そうなれば密輸のうま味は無くなると言うのに」
「それは・・」
「李殿、もしこの件で間違った判断をすればそれは誰かに利用される可能性があります!」
李尚書は開き直りを見せた。
「確かに私は愚か者かも知れませんが、善悪の区別は付きますぞ。今の発言では人証物証とも覆せません!」
大理寺長官が新たに疑問を口にした。
「永平候爵、この証拠については疑いの余地はありません。ただ奥様が関与しているとして密告に及んだ人物の特定が出来ていません」
令宣は三者と陳閣老に手を合わせた。
「突然の事でこちらの証人を明らかに出来ませんでした。どうかご明察下さい。何卒陛下に時間を下さるようお願いして下さい!」
李尚書はふんと鼻で笑った。
「どうせ、決まった事なのに時間稼ぎをしてどうなると?」
大事な証人だった秦致遠は殺されてしまった。その方面で証人を捜そうにも手詰まりは否めない。
その時表から一人の背の高い男が飛び込んできた。
「私が証拠を持って来ました!」
皆が振り向くと彦行が大事そうに風呂敷包みを抱えて立っていた。
「李殿!私が大事な物証を持って参りました」
彦行の顔を知らない李尚書は入口に立つ若い男に向かって恐ろしい顔をした。
もう一歩で令宣を追い詰めてやれるのに台本にない事は許さない。
「誰だ!そいつを追い出せ!」
御史台長官が李を止めて冷静な声で呼び掛けた。
「李殿、待って下さい。それを見てみましょう。持って来なさい」
役人が彦行から包みを受けとるとそれを御史台長官に渡した。
長官が包みを開くと「離縁書」と帳面が現れた。
十一娘がひざまずいたまま証言した。
「長官、それは永平候爵との離縁書です」
令宣は驚愕して妻の顔を見た。
「十一娘!」
