リーマン・ショック後のEUの景気・雇用情勢について 5/5 | (仮)アホを自覚し努力を続ける!

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リーマン・ショック後のEUの景気・雇用情勢について
-景気は緩やかに回復、ギリシャ危機で先行き不透明-

(田中 友義 駿河台大学経済学部 教授 兼 財団法人 国際貿易投資研究所 客員研究員)


おわりに

 リーマン・ショック後のEUの景気・雇用情勢と現下のギリシャ危機の先行きについて、いくつかの論点を整理しておきたい。


1.金融危機は去ったのか

 ECBは2009年12月、市場安定化のために導入した危機対策を段階的に縮小することを決定した。ECBがEUやユーロ圏の景気が最悪期を脱したと判断したためである。トリシェECB総裁は「すべての資金供給措置の延長が必要なわけではない」と述べて、金融機関への長めの資金供給を打ち切ると表明した。

 具体的には、ECBが金融機関の資金繰りを支援するため、それまで最長3カ月だった貸付期間を段階的に1年に延ばしたが、それをもとに戻す。2009年12月16日に期間が1年の貸付措置を廃止し、さらに2010年3月までに期間6カ月の貸付措置を撤廃する。

 深刻な金融・経済危機に対応する必要性はひとまずなくなったとみて、危機対応の緊急措置から通常の金融政策の「出口戦略」に切り替える必要があると判断したためである。各国政府も財政・経済政策の軸足を、中央銀行は金融政策を景気・市場配慮型から平時型に戻しつつあった。

 しかしながら、EUが平時型の政策運営に向けて舵を切り替えた矢先に、ギリシャ危機は予想を上回って深刻化した。今回のギリシャの財政危機や信用不安がその他のPIIGSに広がることがあれば、信用不安の連鎖や信用収縮のリスクの可能性が大きく、実体経済への影響は計り知れない。

 金融危機が去ったと言い切ることは難しい。信用不安が和らいで、市場が落ち着きを回復することがある程度確認できるまではECBやEU各国政府が本格的に出口戦略へ切り替えるタイミングを模索することになろう。


2.景気は底打ちしたのか

 欧州委員会は2009年秋の経済見通しの中で、個人需要を下押しして、景気回復力を抑える不安要因として、①失業率が10%超と過去最悪の水準まで上昇すること、②民需主導の自律回復の道筋がなお不透明であること、③財政赤字が2010年には対GDP比7.5%に悪化すること、④実体経済の低迷が潜在成長率を押し下げることなどを指摘している。

 EUやユーロ圏の景気は各国の大幅な財政出動に頼ってきたため、深刻な経済危機からはようやく抜け出してプラス成長に転じたが、自律的な回復基調を辿るかは不透明である。

 EU経済財務相(ECOFIN)理事会は2009年10月、加盟国が2010年までは財政出動を伴う景気対策で実体経済を下支えする必要があるとの認識で一致したが、焦点は2011年以降の出口戦略に移ってきている。

 ただ、ギリシャなどの財政再建の進展具合によって、金融市場にはなお波乱要因が残っており、将来的に成長率が下振れするリスクは残る。トリシェECB総裁は「先行きの不透明感はなお高い」として経済動向を慎重に見極める姿勢を示している。EUの成長率は2010年、2011年ともに1%台の低い伸びが予想されるところから、底打ちはしたもののV字型の回復は当面望めそうにない。


3.雇用状況は回復に向かうのか

 失業率の上昇はやや緩やかになってきてはいるものの、雇用情勢が急速に回復する兆しはなく、なお厳しい状況が続く見通しである。

 多くの労働者がまだ回復を実感できる状況にはない。特に、金融危機に伴う不況の影響を最も受けているとみられる若年層や、2010年新たに労働市場に参入してくる学卒者は一層厳しい就職難に直面するとみられる。

 金融・経済危機で企業が新規採用の凍結・縮小に動いている。専門知識や経験に乏しい若年層が企業のリストラの対象になりやすい。ユーロ圏では製造業の設備投資の伸び率が依然として前期比マイナスを続けており、設備稼働率もなお低水準であって、企業の雇用調整が終わっていないという見方が多い。

 金融・経済危機では時短勤務の導入や、政府による企業支援で雇用を確保したため、失業率の悪化をある程度遅らせることができたが、こうした安全網で雇用をつなぎ留めるのには財政的にも限界にきている。

 失業不安は依然続くなかで、社会保障制度が手厚い各国政府にとって悩みのタネは、失業者の増加が失業手当や生活保護の負担増を招き、財政悪化に拍車がかかってきている点である。失業給付が手厚いだけに長期失業者が増えやすく、後手に回れば景気回復の足を引っ張る恐れがある。

 雇用情勢の先行きは、欧州委員会の予測からも見えてくるように失業率が10%台の高止まりの状況は続き、厳しい雇用環境の回復は望めない。


4.財政赤字の先行きはどうなるのか

 ECBは「景気回復が確実になったら、できるだけ早く財政を健全化すべきだ」と指摘し、念頭にドイツの保守中道政権の減税公約で、財政規律が緩む恐れを警戒していた。ギリシャの財政危機や信用不安に対しても、さらに、ポルトガル、イタリア、スペイン、アイルランドのPIIGSにも危機連鎖が広がることへの危機感はEU、ユーロ圏、ECBで急速に強まっていることは前述したとおりである。

 ギリシャ危機を契機にして、EUは財政健全化に取り組み、安定・成長協定違反国への制裁を強化する方針を決めている。欧州委員会は2010年5月に発表した2010年の財政予測の中で、ユーロ圏16カ国すべてが安定・成長協定に違反するという異例の事態になると指摘している。

 もし、ギリシャが中長期的に財政赤字を減らす目途が立たなくなって、債務不履行(デフォルト)と直ちに市場から受け止められたり、その他の国の財政再建が一定の成果を上げない限り、市場に足元を見透かされて、信用不安や信用収縮などの金融危機が繰り返される可能性が高い。

 景気回復と財政再建の両立は綱渡りの状況で、先行きの経済運営は予断を許さないものとなっている。