昔釣ったアジ
母親の留守中に餓死した東京・大田区の女の子は3歳だった。
わが家の下の女の子(子③)も今3歳である。
ちょっと前まではあれこれ結構大変だったが、それらもなんとか峠を越えた。
今は束の間「おとうさん、おとうさん。」と言って懐いてくれており、可愛い盛りである。
得意な歌は「ひなまつり」だ。
「お内裏様のお雛様」(正しくは「お内裏様『と』お雛様)、「春の弥生のこのもき日」(正しくは「春の弥生のこの『よ』き日」)と歌うなど、一部違っている部分もありはするが、真顔で一生懸命に歌っている。
ただ最近はあまり歌ってくれなくなった。
「あなたが好きなお野菜は何ですか?」と聞くと、「だいこん、はくさい、にんじん、ブロッコリー、もやし。」と答える。
しかしこれは知っている野菜の名前をとりあえず列挙している側面が強い。
「コロナウイルスに罹らないためには何が大切ですか?」と聞くと、「てあらいうがい」(「てあらい」と「うがい」を区切らないのがミソ)「お野菜をいっぱい食べる。」「いっぱい寝る。」と元気よく答える。
しかし実践しているのは手洗い位だ。
子③はちょっと前に公園でアマガエルを見付けた。
それで、今もときどき「おっ、あなたはあのときアマガエルを見付けた、いわゆるアマガエル先生ではありませんか?」とおだててあげる。
すると子③は、「うち、あまがえる見付けられるけど、おとうさん見付けられる?」と得意になって聞いてくる。
これは当然に「いやー、おとうさんじゃ見付けられないな。」と答えなければならない。
間違って「まあ見付けられないことはないんだけど…」などと答えてしまうと、「でもおとうさんやっぱり見付けられないでしょ?」とずっと聞いてくる。
似たようなことだが、子③は近頃、「うちっていい子じゃないよね?」とわざわざ聞いてくるようになった。
これもまた当然に、「いやいや、あなたは良い子ですよ。」と答えるべき場面となる。
政治家の意向を忖度するのに似ている。
ことほど左様に3歳児は可愛い。
餓死した女の子もこれから可愛い盛りを迎えるはずだったことと思う。
母親は、3歳児の可愛さがわかる前に心が折れて現実から逃避してしまったのであろうか。
わずか3歳で亡くなってしまった女の子。
もっともっと生きたかったに違いない。
こんど生まれてくるときには、必ず温かい家庭に生まれて来ることができると信じていて欲しい。
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