ども、ごぶさた、デス。


精神的に、引きこもっていた訳(何もしたくなかった)ではなく、

仕事的に、引っぱりだこって訳(何もできずだった)でもなく。


たんに、サボってまスた。スミマセン(笑)。


でっ、ときどき、

また、つらつら、書き始めます。


でも、OSの利便性を考えて、

別の、サイトへ引越します。


むかしのマックを、いまだに使ってるのですが、

何度も、書いたけれども、

何度も、消えてしまった。。


この書き込みも、

ちゃんと、アップロードされるのかなぁ??


ちなみに、新しいアドレスは、、、

http://blog.livedoor.jp/kurau777/


引越しのごあいさつを書いておきました。

よかったら、遊びに来てください、ね、ね。


では、新天地にて、

また、お会いしましょう!!




誰にでも忘れえぬ味があり、
その味とともに、
よみがえる記憶がある。

ギリシャで飲んだ、苦くて不味いコーヒー。

カップの底に、澱のような
ドロリとした液体が残る、あのコーヒー。

あの苦味は、いまだに
ときどき、苦い記憶に、フラッシュバックさせる。

× × × × × × × × ×

1999年1月。
わけあって、アテネにいた。

市街の中心部にある、ユースホステル。
ドミトリー形式の部屋には、
世界各国からの、バックパッカーがいた。

ドラガンと、知り合ったのは、
彼と同室だったから、だった。

俺が日本人であることを確認すると、
「ゴリンノショは、読んだか?」
と、いきなり聞いてきたヤツだった。

国籍を訪ねると、セルビアだと応えた。

そんな国、知らないなぁ、
と応じると、
ユーゴスラビアとも言うんだけど、と切り返してきた。

知っているのは、当時、Jリーグ・名古屋グランパスに在籍した
ストイコビッチのことぐらいだった。

そして、その当時、アテネからバスで半日も走らない所では、
民族紛争がもとで、多くの命が奪われていたコトも。

つまり、コソボ紛争。。

民族と宗教が、複雑に入り組み、
長い時間を掛けて、
簡単には解けない複雑なパズルのようになっちまったのさ、
とドラガンは言った。

それから、一切、ドラガンは、そのコトを口にしなかった。

× × × × × × × × ×

宿にいる間、ドラガンは、
いろいろと日本のコトを質問してきた。

「日本人は、無宗教なのか?」
「天皇は、権力を完全に放棄したのか?」などなど。

なぜ彼が、日本人でも、たいして興味もないようなことを、
熱心に聞いてくるのか、不可解だった。

そうした日々が、しばし流れた。

× × × × × × × × ×

2月に入った頃、大学生たちの卒業旅行シーズンとなり、
多くの若者たちが、日本からアテネにも来ていた。

宿は、大学生たちの、修学旅行・宿舎のようになった。

無邪気で良いなぁ、と思いつつも、
その純真さが、少し煩わしかった。

しかし、京都から来た、という大学生クンと、
しばし、話をする機会があった。

ガイドブックを夜毎ながめ、
行き先への移動ハウツーを、心細げに研究していた。

心配性のクセに、大胆な旅をしたい、と大学生クン。
若者にありがちな、虚栄心なのだろうか?

大学生クンは、東欧へと行きたがっていた。
そして、ベオグラードへ行きたがっていた。

ならば、、とドラガンを紹介したのだったのだが。

怪訝な顔で、なぜ、ベオグラードなんか行きたいんだ
と、大学生クンに質問する、ドラガン。

「映画『アンダーグラウンド』を観て、
芸術的に素晴らしいと思い、憧れたから」と、大学生クン。

その瞬間のドラガンの表情は、とても印象的だった。

そして、静かに、でも無表情に、大学生クンの質問に
ドラガンは、淡々と応えてあげていた。

× × × × × × × × ×

ドラガンとは、いずれ日本に来ることがあったなら、
また会おう、とメールアドレスを交換して、別れた。

そして、そのあと、俺はさらに旅を続け、
しばらして、日本に戻った。
そして、日本での平穏なる時間が流れた。

だが、ベオグラードは、大きく変わっていったようだった。

× × × × × × × × ×

「民族浄化」なる言葉を、メディアから
聞くようになったのは、いつのことだったのか。

セルビア人の大統領が、それを唱え、現代のヒットラーのように、
戦火を拡大しているのだと。
そして、それを食い止めるために正義の戦いが、必要なのだと。。

さらに、そのとき、ニュースの映像では、
「ピンポイント爆撃」という解説付きで、
ベオグラードの市街が、次々とミサイルで爆撃されていった。

ミサイルからの、粗雑で、解像度の低い、映像は、
市内の様々な建物へと、突入していく。
で、砂荒らしのような画像へ変わり、ジ・エンド。

バクダッドでも見たこともある、あの映像。。

カミカゼ特攻隊員が最後に見た映像は、
こんなカンジだったのだろうか?

9.11に、世界貿易センタービルに突入した
ジェット旅客機の乗客たちが見た映像は、
こんなカンジだったのだろうか?

その瞬間をイメージして、吐き気がした。

だが、その映像を送ってきたミサイルは、
なんの感情さえも、持たずに、
正確に、多くの命を奪っていく。

× × × × × × × × ×

やがて、セルビア人の大統領が逮捕され、
リンチまがいの仕打ちを受け、
戦争は終った。ユーゴは完全にバラバラになった。

そして、、

結局、ドラガンとは、アテネで別れたきり、
もう2度と連絡を取り合うことはなかった。

メールの宛先からは、
宛先不明で、戻ってくるだけだ。

× × × × × × × × ×

ところで、、

映画「アンダーグラウンド」を、数年前、観た。
あなたは、この映画を観たことがあるだろうか?

たしか、日本で公開された当初は、
“芸術性”の高い映画として、ミニシアター的な、
「通」な方々から、支持されていたと思うのだが。

しかし、、

この映画を見て、アテネでの、ドラガンのあの表情には、
どんな意図があったのか、なんだか想像できた気がした。

誤解を恐れず、書くのなら、、

「芸術的」と感じる、日本人の平和ボケが、
ドラガンには、滑稽だったのかも知れない。

× × × × × × × × ×

「単一民族、同一言語、そして無宗教」

ドラガンが興味を強く示した日本の特徴は、
ユーゴスラビアのような複雑な事情を抱える国から見ると、
奇跡のようなコトなのかも、知れない。

でも、それが正しいとは言っていない。

× × × × × × × × ×

さらに、もうひとつ。

「オシムの言葉」を読んでみた。だが、
この本で書かれている内容は、まだ続きが必要なのだと思った。

オシムの故郷・サラエボを攻撃したセルビア人は、
やがて、ベオグラードで、同じような仕返しを受けるのだから。

憎しみからは、憎しみしか、生まれない。

どの民族が素晴らしく、どの宗教が偉大なのか、、、、、
そんなことで、民衆を煽る大人を、信用してはいけない。

煽られた若者たちは、最前線で命を失い、
煽った大人たちは、安全な場所で、権力と名誉と金を手に入れる。

いつの時代の、どの国でも、その構図は、変わることはない。
そのことを、オシムは、知りつくしているのかも、しれない。

さて、、

オシムの知性と、そして悲しみからくり出される戦術は、
日本のサッカーを、いや日本人を、どこへ導くのだろう?

× × × × × × × × ×

幸いなことに、日本で、ギリシャ式コーヒーは、
まず、飲めない。

スタバのように、小奇麗な店構えで、
あんなモノを飲まされたなら、、。

せっかくの苦い記憶が、小奇麗で陳腐なものに変換されてしまう。



ジェット旅客機の、離陸の瞬間に訪れる、かすかなG。
わずかに、腰が、イスにめり込み、
窓の外の景色が、後方へと、吹っ飛んでいく。
そして、ふわりと、この世の重力から解き放たれ、
空へと舞い上がっていく。

「もう2度と、生きて地上は踏めないかも知れないな」

そんな、予感が、いつも頭をよぎる。
しかし、その予感は、何度も外れる。

それが、良いことか、どうか、わからない。
ただ、生きている限り、その昂揚感を求め続けるのだろう。

子供の頃から、速いモノへの憧れがあった。
疾走感が、好きだった。

リッターバイクで、第3京浜を270キロで、疾走しているとき、、
これが、F1パイロットたちの見ている景色なのかと、ふと思った。

すべての行為が、なにかタイムラグを伴って繋がり、
そして、見たこともないパースペクティブな世界が、あった。

ジェット旅客機の離陸には、そうしたトラウマのような何かを、
くすぐる魔力があった。

そして、退屈で、窮屈な、飛行時間がやってくる。

マッハの速さとまでは、いかないまでも。
第二次世界大戦の頃のゼロ戦よりは、確実に速いスピードで。

不味い、と思う機内食を頬張りながら、
ゼロ戦より速いスピードで飛びながら、
メシを喰い、お茶を啜り、映画を観て、転寝に落ちる。

なんと不思議なことか。

日本という国に暮らし、旨いものをほふり、
肥満になり、成人病で死んでいく。

不味い機内食と心地よい転寝を重ねた先にある、
飢えた国のコトなど、遠い夢のようだ。

いや、いま自分の暮らす日本の現実のほうが、幻なのか。。

中東のとある国では、今日も多くの人がテロで死に、
その国へと兵士を送る大国では、
史上最高値の株価に、多くの人が、繁栄を謳歌している。

機内食を不味いと言える幸せを、
あなたは知っているのだろうか?

退屈な日常を、後方へと吹っ飛ばす、
疾走感を、いまでも、望んでいる。。

奇妙なグルメ記事など、傲慢で、空しいだけだ。

たしかに、便利かも、、
な~んて、思うけど。。

無洗米ってさ、
好きじゃない。

お米のオイシサってね、
じつは「コメとぎ」で、決まるでしょ?

どれだけ高級なお米でも、
どれだけ優秀なお釜でも、、

とぎ方が良くないとね、
もったいない味わいに。。

つまり、コメを研ぐコトって、
ゴハンを美味しくする料理法。

なので、その「楽しみ」を、
まぁ放棄したくないんです。

たしかに、面倒かも、、
な~んて、思うけど。。

× × × × × × × × × × × × 

と、長々と、前ふりデス。

「ネールの美しい女性は、セクシーだけれど
 お米がとげない女性は、長く付き合えない」

な~んて、暴論をね、
のたまう、ワケじゃ、ないのです(笑)。

斉藤君と田中君の話です。
長い、遠い、フリでした。

× × × × × × × × × × × × 

甲子園の決勝戦。
「早実vs苫駒」戦。。

この熱闘を見てて、さ

「相手は敵であると同時に作品の共同制作者であり、
自分の個性を引き出してくれる人」

って、棋士の羽生善治さんの言葉を、思い出したですよ。

勝ち負けは、つけなきゃダメだけど、
良質な戦いは、
自分のチカラを、引き出してくれる。

それが、勝負することの意味かも、しれないな。

言葉で判っても、実感は持てなかった、
そのフレーズが、理解できた気がした。

つまりさ、

勝負とは、自らと向き合い、超えていくための場。
敵とは、そのための友人。

そうした境地こそ、真の強さで、
そして「無敵」というコトなのかも知れないなぁ、、

などと思った。(ちと、観念的?)

× × × × × × × × × × × × 

「亀田兄弟」的な“勝負”に、
奇妙な違和感を憶えていた夏。

「高校球児」的な“勝負”に、
新しい充実感を見いだした夏。

勝つコトと、強いコトは、
似てるけど、違うのかも。

勝負をめぐる、熱い夏だった。

× × × × × × × × × × × × 

で、ようやく、結論。てか、オチ。

コメもヒトも、磨きあって、
その実力が、引き出される。

「無洗米」のような人生は、味気ない。
と、良くあるパターンの味気ないオチ。

な~んて(笑)。

たとえば。

トンカツが旨い店があったとして。
でも味噌汁がマズかったとしたら。。

でもって。

お客さんが、味噌汁にクレームをつけてるのに、
「どうやったって、マズいんだから、同じだ!!」

って、逆切れ。

いちばんマズい味噌汁を、
確信的に作ったとしたら。。

まわりくどい、前ふりだけど、
「逆切れ純ちゃん」の話です。

構造改革なるメインディシュは、ナカナカだったのに
靖国参拝なるサイドディシュは、サイテイでしたね★

しかも、ついに「終戦記念日」に公式参拝。

自らは店主を退くから、
最後はドサクサですか?

次の店主に「マズい味噌汁」が、
伝統として引き継がれることの、ありませんように。

自民党員との公約を、
日本国民との公約と、勘違いしませんように。

いっそのコト、、

「靖国“逆切れ”解散」してみて、
国民の信を問うてみればイイのに。

まぁ、そんなコトで勝てると思うほど、
オカしくはないか(笑)。