これからの話は、私が或るスーパーの薬品部で働いていた頃の話です。

 

その日は、午後からの勤務でスーパーの2階に有る更衣室兼休憩室で着替えをしていると、日用雑貨担当のKさんが息を切らして休憩中の店長に
『店長!いつもの○○おばさんが来て、
「湯の花はどれがいいのか?」と聞いているが、
私はその湯の花が「何か解らない」と言ったら、
「店長を呼べ」と言われたので、「店長お願いします」』と言うと、

店長も
「自分も湯の花って知らんから、何とか適当に返事して帰ってもらえ」との返事。

 

困惑した顔のKさんを見て、私が「湯の花って入浴剤のことだよ。多分」と言うと、

 

すかさず、店長が
「高田さん居たの?悪いけど応対してやって」とこちらに振ってきた。

 

お客さんを待たしているので、急いで売り場に行くと、案の定強い調子で叱られた。

「いつまで客を待たすのよ」とおかんむり。

 

接客態度が悪いとか、商品知識が無いとか散々苦情を述べた。
私はただ平身低頭謝るばかりであった。

 

しばらく落ち着いたところで、

「奥さん、湯の花はどんなんがいいの?」と訊くと、

「温ったまるのがええ」との返事。

 

商品を3個程差し出すと、その内の1個を持って微かに笑みを浮かべた。

 

続いて、「奥さん、今の若い人は湯の花って何の事か知らん人が多いと思うよ」と言うと。

初めて笑った。

 

「そんなら、あんたも私も昔の人間って言う事かあ?」と湯の花事件が終わった。

 

些細な事で大きな声で叱られると従業員から敬遠され、来店の折には合図をして従業員同士が連絡すると聞いて、大げさなことだと思った。

 

それからしばらくその事も忘れかけていた頃に、珍しく初めて薬品コーナーに寄ってくれた。

「奥さん珍しいなあ。今日はどんな用ですか?」と声をかけると、「今そこでバイクを止める時に、足の指を擦って傷になったから消毒液が欲しい」と椅子に座って傷を見せようとうつむいた時に、お客さんの肩甲骨から上の筋肉の異様さに気付いた。

肩は盛り上がり、ステロイドを服用してその副作用でなる野牛肩と言われる異変である。

 

直接それを指摘する事が出来ないので、消毒液を選ぶ参考にと「奥さん、特に持病は無いよね」と訊ねた。

 

少し怪訝そうに間を置いて、「私、ベーチェット病なの」と告白した。

 

私は訊ねた事を内心後悔した。

 

告白してからの奥さんは発病したのは10年以上前で、今はステロイドを一日8錠服んでいる事。

家族は息子さんが遠方に居るが帰る事はなく、一人暮らしである事等、思いの丈を語りだした。

 

励ましながら同情の声をかけると、感極まり嗚咽をもらし闘病の辛さがひしひしと伝わってくる。

 

ひとしきり話すと、我に返り

「長い時間、ごめんね。ありがとう」と店を出た。

そこには、従業員を一喝する猛女の姿は無く、しおらしい気弱な人を演じている様でもあった。

 

躁の時の猛女の姿。

鬱の時のしおらしい気弱な姿。

両極端の精神状態もステロイドの副作用と思われる。

 

主治医はその状態を把握していると思うが、薬には反映されていない様なので、しっかり医師に伝えるよう言っておいた。

 

生来の性格は知る由もないが、些細な事が原因で従業員を叱りつける姿は本来の姿では無いのでは?と疑念を持つ。

 

店長以下売り場の従業員が同じ認識で一人のお客様を珍妙なニックネームをつけて排斥するのは、いかがなものかと思う。

些細な事とは具体的にどんな事なのか知らないが、些細な事でもお客様からすれば、不快に思う事があると思う。

謙虚な気持ちで検証するのも、良いのではないだろうか。

 

ステロイドの服用を止めれば、副作用も急速に解消される様だが、病気の性質上無理だろう。

願わくば、副作用に対する薬物療法が効いて、精神が安定し、お客様と店側の不信が氷解する事を祈るばかりである。

 

その後に私は退職したが、成り行きが心配な出来事だった。