シェイクスピア・アイヌ・日本 | Kura-Kura Pagong

Kura-Kura Pagong

"kura-kura"はインドネシア語で亀のことを言います。
"pagong"はタガログ語(フィルピンの公用語)で、やはり亀のことを言います。

 2018年6月9日の午後、私は国際基督教大学の森のようなキャンパスにいた。ここの講堂で上演される劇を観るためだ。劇のタイトルは『アイヌオセロ』。演じるのは東北・仙台の劇団・シェイクスピア・カンパニーである。

 

 この劇団は東北弁でシェイクスピアの劇を演じている。今回この劇団は、幕末の北海道東部(#)に舞台を移した。原作ではオセロが黒人で妻のデズデモーナは白人だが、ここではオセロ(旺征露)はアイヌで、デズデモーナ(劇中は貞珠真(デズマ))は仙台藩士の娘、すなわち和人(日本の民族的多数派)である。 

 

 言葉はほとんどが仙台弁で時々アイヌ語の単語が入る。観る側の想像力も試される舞台だ。

 オセロを破滅させようと謀略を巡らすイアーゴーが顔を醜く歪ませる。この劇では能狂言のように舞台装置を使わないが、かわりに照明が効果的に使われ、彼の醜さを強調する。疑うことを知らないデスデモーナの美しさとの間で大きなコントラストが現れる。嫉妬で身悶えするオセロの弱さが際立つ。

 

 イアーゴーがオセロを陥れた動機は嫉妬なのか?劇の後、劇団主宰者・下館和巳と、この劇の共同演出者の秋辺デボのトークがあったのだが、阿寒を拠点とするアイヌである秋辺は、イアーゴーの動機は差別だ、とトークの中で語った。

 現在の日本では、多くの人が差別を意識せずに暮らしている。だが、ヨーロッパでは今でも昔でも差別は日常のことだ。そして、差別されるべき存在であるにも関わらず強さも女性を惹きつける魅力も持っているオセロに対して、イアーゴーが劣等感をつのらせて悪事に走ったのだ。

 実は今の日本でも差別を動機とした事件は起きているのだ。インターネットでの誹謗中傷、街でのヘイトスピーチ、これらは日本のイアーゴーたちが起こしていることだ。

 そして、私の中にもイアーゴーは潜んでいる。

 

 ところで、仙台のシェイクスピア・カンパニーが『アイヌオセロ』を演じたのは今回が初めてではない。2010年12月にも私は彼らの『オセロ』を観た。そして彼らは翌年3月に札幌での公演を予定していたのだが、そこへあの恐ろしい震災がやってきた。それからしばらくの間、プロの役者ではない彼らは芝居を休まざるを得なくなる。そこから立ち上がった彼らは、『ロミオとジュリエット』『リア王』を誰も死なない喜劇に翻案して上演した。そして今度彼らは『オセロ』を札幌やシェイクスピアのお膝元・イギリスでも上演して次のステップへ上がろうとしている。

 

 # 史実では欧米列強の脅威を感じた江戸幕府は東北の諸大名家に命じて北海道を警備させた。ロシア軍に対する備えだけではなく、和人に抵抗するアイヌの鎮圧も派遣された武士たちの任務だった。そして仙台伊達家中が担当したのは道東と国後島、択捉島である。