本日のテーマ

謙虚な人間を目指して】

 

 

常日頃から“謙虚な人間になりたい”と思っています。

 

なぜ謙虚な人間になりたいか?

 

それは、謙虚な人は“偉大な人”だからです……。

 


【謙虚】控え目で、つつましいこと。へりくだって、すなおに相手の意見などを受け入れること。(大辞泉)

 

“謙虚さ”は、人格形成のためにも必要なもので、昔より言い継がれ教えられてきました。

謙虚さを忘れない戒めの言葉には、

「実るほど頭を垂るる稲穂かな」

があります。

(稲が実を熟すほど穂が垂れ下がるように、人間も学問や徳が深まるにつれ謙虚になり、小人物ほど尊大に振る舞うものだということ)

 

わたしは謙虚な人間を目指していますが、こんな人たちに憧れています。
明治時代を生きた人たちです。
 西郷隆盛

 東郷平八郎
 乃木希典

 

この人たちに底知れぬ謙虚さを感じます。
そのなかでも東郷平八郎には特に謙虚さを感じます。

 

東郷平八郎(最終階級:元帥海軍大将)は、明治38年の日露戦争において、世界の強豪であったロシア軍のバルチック艦隊を壊滅させた海戦で指揮を取りましたが、いつも謙虚な姿勢を忘れませんでした。

 

東郷大将には日頃からの口癖がありました。

「天祐神助(てんゆうしんじょ)」

 

意味は、勝っても驕らない。自分が出せた良い成果や勝利、思いがけない幸運は自分だけの力ではない。何かの力(天の助け)があってのこと、と謙虚な心をもつこと。

 

そんな東郷大将はいつも驕ることなく、謙虚に訓練を積み重ねていました。
こんなエピソードがあります。

 

東郷大将の言葉に、
「訓練には制限はありますまい」

がありますが、明治38年バルチック艦隊との戦いを目前に訓練に励んだ姿にも東郷大将の謙虚さが表われていました。

 

弾薬の一年分を10日間で消費してしまう激しい訓練をしました。
雨の日も風の日も弁当持ちで訓練に立ち会ったのです。
司令長官がそこまで訓練に牽引車(けいいんしゃ:集団の先頭に立って行動する人)になったのは海軍の歴史でも空前絶後(くうぜんぜつご:過去にも例がなく、将来もありえないと思われること)のことでした。

 

戦闘中も一番危険なところに自らとどまり、部下たちに安全な場所に身を隠すよう指示したといわれています。


 

日本海海戦で最強国ロシアのバルチック艦隊に勝利した後でも、東郷大将は偉ぶることものなく、いつも腰を屈め、下向き目線で日常を生活していたといわれています。
まさしく「天祐神助」に感謝する気持ちが表われていたのでしょう。

 

わたしはこういう人間を目指したいです。
すべては自分の実力だけでなく、何かの力に助けてもらったことに感謝の気持ちを忘れず謙虚で生きることを。

 

謙虚さとは、わたしはこのように思うのです。
「まだまだ自分は成長の途上であり、何かの力の助けや支えによって生きていることを認識すること」

 

 

東郷平八郎の生きざまは、まさしくこの言葉が言い表していると思います。


レッシングの言葉
「すべての偉大な人々は謙虚である」