毎日積み重ねる『自分づくりの授業』
本日のテーマ

【寛大】

 

 

世知辛い世の中と言われる現代、日本の道徳教育の行方を憂えている人は多いのではないでしょうか。


以前に戦前の尋常小学校の修身書について触れましたが、この修身書は道徳教育の教科書で“徳を積む生き方”を教えています。

 

本日は、「寛大」というお話です……。

 


徳を積む生き方とは、人から、
 尊敬される生き方…
 必要とされる生き方…
 喜ばれる生き方…

 役に立つ生き方…
という実践が道徳の本質とされてきました。


そのために、修身書では、素晴らしい人たちの生きざまが紹介されています。

 

その修身書では、「寛大」というテーマで、江戸時代の初期に活躍した、本草学者であり、儒学者として多くの書物を書いた 貝原益軒(かいばたえきけん)のことが書かれています。

 

【寛大】度量が大きく、思いやりがあり、むやみに人を責めないこと。

 

 

第四期 尋常小学校修身書 巻四より

寛大になる――貝原益軒(かいばらえきけん)


益軒には、とりわけ大切にしている牡丹(ぼたんの花)があって、今を盛りと庭先に咲いていました。
ある日、益軒が勤めに出たあとで、留守居をしていた書生が、隣の友達と庭で相撲をとりはじめました。たがいに「えいや、えいや」ともみ合っているうちに、どちらがどうしたはずみであったか、その牡丹を折ってしまいました。
「しまった」
と、書生が思ったときは、もうだめでした。相手の友達と、あわてて枝を起こしてみたり、花をつないでみたりしましたが、もちろん、折れてしまったものはどうにもなりません。しばらくおろおろしていた末に、隣のご主人にたのんで、わびてもらうことにしました。やがて、益軒が帰ってきました。
隣の主人は、書生を連れて益軒の前に出ました。書生は何といってしかられるかと思って、身をちぢめていました。
ところが、隣の主人から話を聞いて、益軒は静かにこういいました。
「私は、楽しむために牡丹を植えておきました。牡丹のことで怒ろうとは思いません」

 

 

このように、模範的な生き方、素晴らしい生き方とは、どのような生き方かを教えていました。
こうした学習の中で、立派な人とはどのような人なのか、子どもたちはひとつのイメージをつくっていたのではないでしょうか。
倫理観(モラルハザード)の欠如が蔓延している現代、忘れかけているものを取り戻す必要性を実感します。

 

 

本日は、「寛大を学ぶ」というお話です。