寺子屋龍馬 政治学講座 5月4日15時から | 幡新大実|Omi Hatashin's Blog

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テーマ:
☆ 幡新大実の「寺子屋龍馬 政治学講座」
「張作霖爆殺から対米英開戦へ」

 日時:5月4日(日)15:00~16:00

京都の木屋町六角下がる、「龍馬」で開催されます。毎月第一日曜日の15時からです。

(概要)
前回の「日英同盟から日独同盟へ」は・・・
第一次世界大戦後、日本は国際連盟の理事会の常任理事国として、当時の世界の五大国の一つとなりました。安政条約の頃、龍馬の生きていた時代から考えれば、想像もできない大出世でした。もっとも、国際連盟の言いだしっぺのアメリカは議会上院が日本の常任理事国の地位を嫌って連盟規約を批准しなかったので加盟しませんでしたが、1922年のワシントン海軍軍縮条約は、米英仏伊日の、本来の五大国間の世界大の海軍軍縮条約で、第二次世界大戦後の米ソ超大国間の核軍縮条約にも匹敵するものでした。日本は、どうも第一次世界大戦による大英帝国の凋落とアメリカの台頭による国際連盟を中心とした国際紛争の平和的解決の原則、集団的安全保障の新時代の到来を読み取ることができませんでした。それ以上に、連盟規約の精神に反する日英同盟の廃止をきっかけにして、日本はイギリスから自立してオトナの国として一歩を進めることができず、逆にアメリカの圧力でイギリスから見捨てられたのだと、すべてを恨みがましく解釈したのです。日本は、「鬼畜米英」に対する怨恨から、やがてイギリスにかわってイギリスの好敵手ドイツと同盟を結び、アメリカの好敵手ソ連に接近することになります。それは、日英同盟廃止の当時の在日英国武官のマルコム・ケネディーが日英同盟廃止に反対した理由で、それは予言として見事に的中しました。イギリス本国は、日本がそれほど大人げないとは思っていなかったのでした(過大評価)。

その前回に続き、今回の「張作霖爆殺から対米英開戦へ」では・・・
日本が関東軍の張作霖爆殺という殺人罪を裁かなかったことから、満州事変という関東軍の次なる謀略を防げず、満州事変も実は日本の陸軍刑法に触れる死刑に当たる罪だったですが、首謀者がかえって出世したことから、その犯罪の道具となった(生き証人の)部下に対する統制が失われ、その結果、日独防共協定の本当の敵はソ連のはずなのに、日本は最後まで中国前線の日本軍の反乱が怖くて日中戦争をやめられず、ついにアメリカの経済制裁を食らうと、陸軍は海軍がアメリカと戦争できないという理由で中国から撤兵することにし、海軍は陸軍のために恥をかくのがいやで空威張りで米国に八つ当たりして滅び、最後は頼みの綱のソ連に中立条約を破られて日本は屈服します。その経緯を振り返ります。いわゆる「国際法」ではなく、つまり東京裁判史観ではなく、あくまでも当時の日本の刑法からの視点です。そして、すべてが終わったとき、日露戦争の戦費のポンド建て国債(ローン)はまだ返済がおわっていませんでした。「銀行」からローンを組んで「事業」(日露戦争)をやり、そのローンの支払いが終わらないうちから「銀行」(債権者はアメリカが多かった)相手に戦争をした結果でした。終わったときには、「事業」を始める前より悪い状態になっていました。「元も子もない」とはこのことです。

龍馬が生きていたら、さぞ嘆くでしょう。

次は「対米戦争から日米同盟へ」です。

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