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由緒


式内社。この地は鈴鹿市に属し、江戸時代には紀州の飛び地であった。


これは徳川家康が本能寺の変の後、堺から伊賀を越えてこの地から


船をしたてて伊勢湾を渡った際、土地の人々の協力が大きく、


天領として遇したのが始まりであるとの事である。




聖武天皇天平勝宝年間(8世紀前半)


旧刹たる白子山子安観音寺と神域を共にし


観音寺南側に位置し、往古は瓦葺の神祀六宇に鎮り座し東面し北より


秋葉金比羅宮、富士権現、天神宮、熊野権現、神明宮、木立明神と称し、


遠近の崇敬者多く特に両部神道の思想が強くうかがわれる。




しかしこの式内社に五十猛命三兄妹神が祀られている由来は不明不明。


木立明神と呼ばれていたのは三兄妹神ゆえであろう。


案外、江戸時代になってからかもしれない。


伊勢には同名の神社があるが、およそ五十猛命三兄妹神とは関係なさそうだ。




北側に子安観音寺(真言宗)があり、ガイドブックなどでもここは紹介されているが、残念ながらこの由緒ある比佐豆知神社の事は触れられていない。


地図にも殆ど掲載されていない。




神社と観音との境界に国の天然記念物に指定されている「不断櫻」がある。


春秋冬に花を咲かせ、四季を通じて葉を絶やすことはないが接ぎ木はできない。


不断櫻は植樹の神を祀る神社の隣に生えている。




鈴鹿の地は工業が盛んであるが、室町時代からの「伊勢型紙」、


奈良時代からの「伊勢墨」を伝統産業として守っていこうとしている。


このあたりにも、紀の國の凝り性の人々の血を感じるのである。