第24回 「話す」選後鑑賞

「動く句、動かない句」

川柳を作るとき比喩(何か他のものと置き換えて表現すること。その方法により直喩、隠喩、換喩等々がある)をよく使うが、その言葉が本当に他に適当なものが無かったのか、置き換えが可能では無いか、その事を「動く句」あるいは「動かない句」と言う。この句は「動くなぁ」と選者が思ってしまうと、なかなか入選とはできない。やはり、その言葉、措辞はぴったりでなくてはならない。しかも独創的であって欲しい。難解句は読み手と詠み手との距離で決まる。ある人にとっては難解であっても、ある人にとってはよく解る句なのだ。そのギリギリの所で選者に、あるいは読者に挑戦する。選者(読者)もまたその句によって視野を広げられたり、新しい解釈を求められたりする。現状に満足せず、どちらの立場になっても切磋琢磨して行きたい。いつまで経っても勉強なのである。

※佳作5句。

丁寧な言葉原材料はウソ     岸田万彩

 

「ウソ」をつく人間は記憶力が良いものだと聞いた事がある。自分の「ウソ」を忘れてしまって馬脚を露わす事があるからであろう。「ウソ」をつく人間はまた丁寧で優しい言葉を使う。詐欺師ともなればどんなに優しいことか。この句の作者は「丁寧な言葉」の「原材料」は「ウソ」だと言う。この「原材料」が川柳なのである。「嘘つきは言葉が丁寧です」だけでは川柳では無い。ただの報告、説明なのだ。「話す」の題で「話す」を使わないで表現した所も、なかなかの作り手である。

 

蘊蓄ちくちくストラディヴァリウス 田口和代

 

「川柳」とは何だろう?こう言う句を突きつけられると、ふと考え込んでしまう。ここでストラディヴァリウスの詳細には触れぬが、希少価値のある高価で有名なヴァイオリンとだけ記しておく。作者は「ストラディヴァリウス」の価値に関心を持たない。いや「ストラディヴァリウス」を語る人間に興味を持てない、いやむしろ軽蔑さえしているのかも。「薀蓄ちくちく」が楽しい。薀蓄と言えば、知ったかぶりをして川柳の選者なんぞしている人間にも、ちくちくと刺さる「ちくちく」である。これもまた「川柳」である。

 

キリンのキとサッポロのポ密談す 市木ひろし

 

キリンとサッポロといえばビールに違いないが「キ」と「ポ」に密談させたところがこの句の手柄である。場末の居酒屋の片隅で風采の上がらぬおじさん二人が何やらヒソヒソ話を。おや、手元のビール瓶の銘柄が違う。妙なところに拘りを持った二人。不気味である。と、読めるが、案外、ビール瓶同士が話をしているのかも。「なあ、キーさんあの二人ケチ臭いなぁ」「ほんまやなぁポーさん、ビール一本ずつでどんだけ粘る気ぃやねん」とまあ、ラベルとラベルを寄せ合ってひそひそ。これもまた不気味な大人の漫画である。

 

唐辛子口いっぱいにして話す  藤井智史

 

人間「体験してみたいこと」と「体験したくないこと」がある。「唐辛子」を「口いっぱい」になんぞやりたくもない!しかも何やら「話」をしているのである。やれるものならやって見せろ!と言いたくもなるが、こうぬけぬけと書かれると小気味好い。レモンを見ると口に唾が湧いてくるように、この句を読むと口の中が「ヒリヒリ」としてくる。心地よい句だけが川柳ではない。どちらかと言うと味わいたくない、少しイラっとする感覚ではあるが、これもまた川柳の有り様の一つであろう。

 

カツ丼の値段ビッタリ分話す   森下博史

 

「カツ丼の値段」といえば読者の皆様も「大体これくらい」と見当がつく。しかし、その「値段ピッタリ分」とはどれくらいなのか。それは重さなのか、大きさなのか、時間の長さなのか、その単位でさえ定かではない。しかし何とも言えぬ可笑しみが漂う。警察OBの方にお話を聞いた事があるが、取り調べ中に容疑者にカツ丼を食べさせる、と言うようなことは無いらしい。ドラマの中の話だそうな。この句はそんなドラマの中の狡猾な容疑者ののらりくらりまで見えてくるようだ。

 

人の句。

棘話す炭酸水をつれていく    稲垣康江

 

「言葉に棘がある」と言う言葉はよく耳にするが、「棘話す」と言う言葉は初めて聞いた。これは新しいと思った。あるいは私が知らないだけで、こんな使い方もあったのやも知れないが。この言葉通りだと「話に棘がある」のではなく「棘が話す」のである。擬人化という言葉があるのだから「棘が話」をしても何ら不思議では無い。しかも「炭酸水をつれていく」のである。ぶくぶくと泡ばかり出して飲みにくいったらありゃあしない。そんな「炭酸水をつれて」棘はどこに何を話にいくのだろう。「棘」の身になれば「炭酸水」はとても頼りになる強い見方かも知れない。

 

地の句。

行きずりの女とカステラの話   森山文切

 

この「カステラの話」はハナマル!思いつくようで思いつかない。しかも「行きずりの女」とである。いったいどこで「カステラの話」をしているのか。スナックであろうか、雨に煙る路地での傘の中であろうか、もしかしてもうラブホテルのベッドの中か。このカステラを何か他の言葉に置き換えられるのであろうか。「金の話」では単純すぎるし、「前の女の話」では興が逸れる。「学歴自慢」でもなさそうだし「バッグでも買ってやろうか」でもない。「カステラ」だから甘さが漂う。「行きずりの女」との距離も絶妙である。軽妙で洒脱、無駄のない構成。伝統川柳の趣もあって、しかも新しい。

 

天の句。

豆腐屋の主豆腐とだけ話す   森下博史

 

まだ夜が明けきらぬ商店街の一角。その一軒だけ煌々と明かりが灯り白い湯気が上がる。真っ白な豆腐が主の手から水に放たれる。豆腐屋の朝が始まる。主は頑固一徹の職人である。客商売にも関わらず愛想の一つも言わない。そこがまたこの豆腐屋の魅力で、客足が絶えた事がない。主には豆腐の声が聞こえる。豆腐を泳がせた水面すれすれに耳を傾け、静かに豆腐の声を聞く。こんなドラマがこの十七発の言葉で作られている。魚屋でも肉屋でも八百屋でも良さそうではあるが、「豆腐屋」でなくてはならない。一分の隙もない上質の一句である。

 

この会を以ってくんじろうの担当は終了である。普段色々な選を経験してきたが、やはり清記互選は楽しい。まず作者がわからない。文字の書き方による誤読も少ない。何よりもWEB川柳に挑戦される皆さんの句が楽しい。

この機会を与えてくださった森山文切氏に感謝。さらにこんな跳ね回った選の共選を引き受けてくださった居谷真理子氏の揺るぎない選にも敬服。そして、貴重な一句一句を寄せてくださった投句者の皆様にも感謝。ありがとうございました。

くんじろう拝。