MMTビジネス | 気力・体力・原子力 そして 政治経済

気力・体力・原子力 そして 政治経済

原子力と経済についてはうるさいですよ!
 (旧有閑爺いのブログ)

 
 「MMT」を喧伝するようになった中野剛志氏は、出向先から古巣の経産省に戻り、課長になりました。戻ったのは「富国と強兵」という「MMT論」を土台とした著書を上梓した翌年です。
 因みに、中野氏が経産省から某独立行政法人に出向した(出向させられた?)のは「TPP亡国論」という著書を上梓した翌年であります。
 TPPを叩いたから追い出され、MMTを礼賛したから戻ることが出来たと言えるかもしれません。
 本を書けば「身の上が変わる仕組み」が官僚の世界にあるかどうかは知りませんが、なんだか胡散臭いものを感じます。
 
 三橋貴明氏は「MMT」の主唱者である米国のケルトン教授を招き、シンポジュウムを行うということで寄付金集め行っており、一部の人からは「結局は金集めかい」と言われています。
 また、MMTに関する複数の著作を出版し、安倍総理や西田議員を本の宣伝に引っ張り出していることも「MMTなる屁の付く理屈」の底知れない怪しさを表すものです。
 
 MMTは「現実を観察してそれを解説したものである」という寝ぼけたことを持ち出す御仁もおられますが、「貨幣には政府貨幣と銀行貨幣の2種がある」などという決めつけをした時点でアウトてあることは確実です。
 銀行預金の通帳には「預かった」ということが書いてあるだけで、記録に過ぎないものです。その上預かった物をどう使用しているかは通帳に記載しない仕組みなので、どんな悪行に使われているかもわからないものです。
 世の金貸しが全て悪人とは申しませんが、MMTなる屁理屈から推察すれば、預けたものを「ネコババ」されかねないことは明らかです。彼らは預金は万年筆で作るものだからで、「ここに書いてあるからこれでよいのだ」とバカボンの如き説明をするかもしれません。
 
 「MMT」とは「M」:まやかしの「M」:金(マネー)儲けに「T」:使う道具としてこの上なく便利なものなのです。つまり「まやかしの金儲け=MMTビジネス」です。
 
 働いて人の役に立つものを作り出し、その作ったものを使うことで豊かさを楽しむことが経済です。通貨を集めることが経済ではありません。通貨は人が作ったことと人が使うことの仲立ちをする道具にしか過ぎません。
 道具である通貨を集めて楽しむ人を守銭奴といいます。守銭奴が貯めて楽しむ通貨の在り様を論じても人さまを救えるわけなど一切ありません。「守銭奴:カネの亡者」とは恐ろしいもので、金の貸し借りで価値が生まれるとほざいてます。金銭貸借が価値を生むなら労働の必要はありません。
 つまりMMTは、労働を否定することが至高の原理である、言っているのに等しいのです。
 
 人は貧をすれば鈍をすると言いますが、20年を超える経済の停滞が大勢の人を貧に落とし、そのことで人が限りなく卑しい存在にまで成り下がり、挙句働くことまで厭うようになるとは恐ろしいものです。