父親のホームに母親を連れていく。
前回は、一人で行ったのだが、父親があまりに弱っていて、こうして訪ねることが逆に可哀想なのではと思ってしまった。

でも、母親は父親に会いたいだろう。
その父親は、前回より歩けるようになっていたが、これまでのように母親を抱きしめるより先に椅子に座った。
持ちこたえられる時間がだんだん少なくなっているようだ。

一時期は会うと泣いてばかりいたけれど、今はぼうとしている。
それでも、母さんに気の毒な事をしていないかと尋ねる。
どこまでも夫なのだ。

「おふくろは?」と聞く。
「もうとっくに死んじゃったよ」と答える。
だって、父さんがもう95歳になるんだからね、生きてたら大変だよ。

その父親の顔は、おばあちゃんに似ている。
今は天国にいる祖父も祖母も、こっちを覗いているかもしれない。
天国に行くのは、でも、楽なことではないなあとしみじみ思う。
父親の老いを見ていると、大変な思いをして橋を渡るのだなあと思う。

ちょうど前回は、看取りを終えた入居者がホームから出るところだった。
たまたま通り過ぎようとしたエレベーターの前で、担架に乗せられたご遺体が降りてきた。
もちろん、毛布のようなものでくるまれているが、それがものすごく小さく、薄かった。

「おいくつの方だったんですか」
と、帰り際、ホーム長さんに聞くと。
「99歳です」
女性のかただった。

しばらくホームの玄関の椅子に座っていた。
ただぼうとしてしまった。
ぼうとして、外を見ていた。
座っている自分の背中を、自分で見ているような気持になった。


天国へはきっと階段じゃないだろう。
階段は無理だろう。
なだらかな橋だろう。
優しい、優しい橋だろう、と思った。