もうずいぶんと前に。
一つの映画を見た。
白人家庭でメイドをしている黒人女性が、そこに通うのに、長い長い道をひたすら歩くというものだった。
足が痛み、傷ついても、その女性は凛と前を向き、ひたすら歩く。
その頃は、この女性を演じたウーピー・ゴールドバーグという女優さんを知らなかった。
いや、もしかして知っていたのかもしれないけど、この役が、あまりにシリアスで、寡黙で、たとえば「天使にラブソングを」のようなイメージとはぜんぜん違う。
「ロング・ウォーク・ホーム」
1955年にアメリカのアラバマ州で起きた、モンゴメリーバスボイコット事件を題材にした映画だった。
私の生まれた頃のアメリカ。
南部では、同じバスでも、黒人の席と白人の席は分けられ、もし白人がたくさん乗ってきたら、黒人はその席をも、譲らねばならない。
そこで一人の黒人女性が、そんなの変だイヤだと思い、席を譲らずいたら逮捕された。
そこから始まる公民権運動。
多くの黒人がバスをボイコットした。
でも、そのかわり、彼らは歩かねばならない。
どんなに長い長い道も歩かねばならない。
その一人が、ウーピー演じるメイドさんだった。
彼女の勤める家の女主人は、この事態に驚き、そして心を寄せていく。
でも、それを快く思わない人がたくさんいる。
ずいぶん前に見たので、いろんなところはすっかり忘れてしまったけど、人と人とが偏見と差別を越えて結びあおうとする困難や、素晴らしさ。
そして、ただ前を向き、背筋を伸ばし、決して卑屈にならない主人公に驚いた。
これが人の尊厳なのだった。
それまでも、たとえば大好きなグレゴリー・ペックの「アラバマ物語」のように、黒人差別を扱った映画には、衝撃を受けていた。
この映画も静かな怒りの映画だったけど、「ロング・ウォーク・ホーム」は、もっともっと静かな怒りの映画だった。
暴力ではない、静かな怒りで、差別を越えていく。
偏見を越えていく。
先だって、白人警察官に理不尽に、まるで動物のように殺された黒人男性。
それに抗議するのに、後ろ手にしばられ、地面にうつ伏せという、同じ体勢で広場を埋め尽くす多くの人々。
静かな怒りが、その映像から伝わってくる。
暴力には暴力では勝てない。
(あろうことか、その暴力を使おうとする大統領だもんなあ)
とはいえ。
コロナだって収束もしてないのに、みんながくっつきあって抗議してる、その熱量。
なんてえ国なんだ、アメリカは。
この国だったらどうなんだ。
この日本だったら。
想像できない。
想像できないことが、良いことなのか良くないことなのか。
ただ。
長い長い道を、怒りを胸に、前だけを見つめ背筋を伸ばし歩き続けるのは、なまじっかなことじゃないことだけは、わかる。
ああ。また見たいなあ。この映画。