チームリーダーは服飾会館なる古めかしいビルに入っていった。

ここまで追ってきたのだ、中まで入ってみるべきだろうか?何があるか分からないし危険か?
ビルの前で一人もじもじしている姿は明らかに挙動不審だ。変なオヤジもナンパしてくる。
ええい、とあたしは思い切ってチームリーダーが上っていった階段を上がっていった。

ビルの中に入ってみると、あまり人気がないが、いくつかの部屋から明かりが漏れている。
戸の開いている部屋を覗いてみた。
部屋の真ん中に大きな円卓が置いてある。そのまわりに椅子が15脚くらい。
でも誰もいない。

その時、不意に後ろから声をかけられた。

「探偵さん、尾行がバレちゃ失格ですな」
チームリーダーだった。
会社では見たことのない優しい笑顔だ。

あたしはかなりうろたえてしまって、もう謝るしかないと観念した。
「あ、すみません!そ、そんなつもりじゃ。本当にすみません!あ、あの・・・なんだか、気になってしまって・・・」

チームリーダーは怒ったりせず、そのままの優しい笑顔を浮かべて言った。
「女性の下着売り場で僕を見てから?・・・実は、僕、これ、やってるんだ」
廊下に掲示してあるポスターを指さす。
「近代ファッションと服飾の歴史?この講義を受講しているんですか?」
「よくみて」
チームリーダーの指さすポイントを見る。
その講座の講師は、チームリーダーだった。


チームリーダーは服飾の研究家だったのだ。
昔はアパレル関係で働いていたらしい。その辺は言葉を濁してたけれど、なんだか理由あって辞めたらしい。
でも、やはり服飾関係から離れることが出来ず、今は専門学校や文化講座などで講師をしているのだという。

「メーカーとかに頼めば持ってくるけど、自分でいろんな店のを見たかったんだ。庶民的な店の激安品から、高級な専門店のものまでね」
この間は下着の講義の回のために、そのサンプルを求めていろんな下着を物色していたのだと説明してくれた。


「あのー、いろいろお伺いしてもいいですか?」
あたしは思いがけなく優しい対応をしてくれたチームリーダーに甘えてしまって、思い切っていろいろ聞いてみることにした。

「いつもイヤホンで何を聴いてらっしゃるんですか?」
「恥ずかしいけど、フランス語講座。毎年、パリでシンポジウムみたいな研究会みたいなのがあって、今年こそ行くつもりなんだけど、通訳を介するよりやっぱり自分で会話できたらいいなぁと思ってね」

あたしはすっかり調子に乗ってしまって、さらに思い切って聞いてしまった。
「あのー、カフェでファッショナブルな女の子といるのを見たんですけど、彼女は?」
「そんなのも見られたの?彼女は僕の元生徒。ファッションデザイナーの卵だよ」


「あのー、あともうひとつ、いいですか?カラオケ、お好きなんですか?」
「えっ!?」
あたしはまた思い切って、チームリーダーが1人でカラオケでアイドルばかり歌っているところを見たと言った。
「あはは、参ったな~。あれは純粋に趣味。これだけは黙っててくれないかなぁ?恥ずかしいから。食事でも奢るから」
「ゴハンはいいです。でも・・、その代わりに、受けさせて下さい、服飾講座。・・・先生」



そういうわけで、あたしも木曜日はそそくさと帰る。
そう、いつもよりオシャレをして。
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チームリーダーを観察をした結果、木曜日に何かあることが判明した。
仕立てのよいスーツを着て、パステルカラーのシャツに派手なブランド物のネクタイを合わせている日は、いつも木曜日だった。
そして木曜日は18時にそそくさと帰り、金曜日はいつもよりちょっと遅れて出社してくる。

あたしはこれまでに、チームリーダーの奇行に幾度か遭遇してきたので、さらなる奇行発見を目指し、観察していたのだ。


そして、今日は、木曜日。
尾行してみることにした。

あたしは、チームリーダーが退勤するであろう18時の少し前にオフィスを出て、玄関ホールのカフェコーナーの観葉植物の陰の席で、チームリーダーを待った。
いつものように、チームリーダーは18時にはそそくさと出て行った。

チームリーダーは会社を出て、右に曲がる。駅に向かうようだ。
駅について電車に乗る。
でも方角が違う。名簿に載っているチームリーダーの住む街とは逆の方向。引っ越したのだろうか?
まさか愛人の部屋とか!?

いろいろ妄想しつつ、あたしはあわてて切符を買い、人ごみに紛れながらついて行く。
途中ちらっと見られたような気がしたが、気づかれていないみたいだ。

チームリーダーは3つ先の駅で降りた。
そこはオフィス街というよりは庶民的な昔の風情も残る街。
あたしは初めて降り立った街角にちょっと不安を感じつつも、チームリーダーを見失わないように、でも見つからないように尾行を続けた。

商店街を通り抜けて、ちょっと賑やかな大通りに出る。人通りが多くてよかった。人ごみにまぎれて尾行もバレないだろう。
途中、チームリーダーはスタバに入った。
あたしはスタバの前で、さっき駅前でもらった無料情報誌を読んでいるふりをして待つ。

コーヒーを手にスタバから出てきたチームリーダーは、隣の古めかしいビルに入っていった。
1階の入り口のシャッターは下りているが、その脇に階段があって、そこから2階に上がっていった。


服飾会館?

なんだそれ?
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46歳独身男のチームリーダーの奇行に何度か遭遇したあたしは、ちょっとした興味本位から、観察してみることにした。

今まで、ウザいチームリーダーが出張や年休でいない日はいつなのか、ということには注目していたが、チームリーダー本人などに注目したことはなかった。

観察してみると面白い発見があった。


通勤・退勤時は、イヤホンで何か聴いている。
中身は何?昔のアイドル?

基本的には毎日白いワイシャツ。1週間に1日くらい、パステルカラーのワイシャツの日がある。
スーツは仕立ての良さそうな上質ものに見える。でも週に1日くらい、かなり高級そうなものを着ている。
一応、ネクタイは1週間毎日違うもの。こちらも1週間に1日くらい派手なデザインの日がある。
服装とか持ち物は結構おしゃれかも知れない。
喫茶店で目撃した時のチームリーダーの私服もなかなかセンスが良かったっけ。
そういえば、ブランド物やファッションにうるさい同僚が、ファッションセンスだけは悪くない、って以前褒めていたのを思い出した。


毎日きっかり9時出社だが、金曜日は少々遅れ気味。なんか眠そうだし、お疲れな感じだし。
基本的に残業はあまりしないが、木曜日はそそくさと18時に退勤。


木曜日に何かある。

観察の結果、高級そうなスーツに、パステルカラーのワイシャツを着て、派手なデザインのネクタイをしている日は、そそくさと帰る木曜日だと分かった。


今度、尾行してみよう。
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2度もチームリーダーの奇行に遭遇したあたしは、また奇行を目撃したいと期待してしまうようになった。
どこかに出かけるとチームリーダーの姿を探してしまう。
そうしょっちゅう同じところにいるはずもないのに。
しかし忘れかけた頃に、あたしはまた目撃した。

この間の日曜日に、あたしは車で友達と買い物に出かけた。
その道すがら、カフェの駐車場にいるチームリーダーを見つけた。1人じゃなかった。
女の子と話している。かなり派手な服装の女の子。派手というか、かなり個性的だ。
2人はカフェに入っていった。

あたしはとっさにカフェの駐車場に入り、さっと車を停める。
怪訝そうな顔であたしを見る助手席の友達に、お茶しよう、おごるし、後で説明するから!と半ば強引に、有無を言わさぬ勢いで、友達を盾にしてカフェに潜入。

席に着くなり、おごってくんなくてもいいから、なんなのよ、説明して!と言う友達に、今までにあたしが目撃したチームリーダーの奇行を話した。
「えーマジでぇ~!?」
「ちょっとアンタ、声デカイから!」
チームリーダーに見つかるかと焦ったが、2人は会話に夢中であたし達の奇声になど気づいていないようだ。

チームリーダー達のテーブルとは結構離れていて、会話は聞こえない。でも、ずいぶんと楽しげだ。
チームリーダーの私服を観察してみる。意外とセンスがいい。
それに引き換え、女の子はなんてアバンギャルドなファッション!そのままファッションショーに出られそうだ。
20代前半だろうか。良く見るとファッションだけでなく、メイクも派手だ。

そのうち2人は席を立った。
レジ前で2人は、払います、ご馳走しますよ、みたいなやり取りをしている。そんなに親密ではない様子。
駐車場で彼女はチームリーダーに頭を下げている。ごちそうさまとか言っているのかな?
そして2人はそれぞれの車に乗り込み、別々の方角に出て行った。

またチームリーダーについて、ナゾが増えてしまった。
彼女は誰!?
チームリーダーの奇行を目撃した翌日、あたしが何も知らないし何もなかったかのような対応をした為か、チームリーダーは安心したらしく、あたしにその話で声を掛けることはなくなった。
あたしは社内の人間にその話をしなかったから、ウワサが広まることもなかった。その辺もチームリーダーを安心させたんだと思う。
でも、職場の人間に話さなかったのは、おしゃべりなウワサ好きな人たちと関わりあいたくなかっただけだ。
会社の外の友達には話して大笑いした。

チームリーダーのブラジャー事件など忘れかけてきた頃、私はまた見てしまった。
友人とカラオケに行った時だ。金曜夜のカラオケボックスはかなり混んでいて、ロビーで待たされていた。

ロビーからいちばん近い部屋から歌声が漏れている。
ピンクレディ・キャンディーズ・松田聖子などなど、懐かしのアイドルの歌が次々と聴こえてくる。どの曲もなりきりでノリノリで歌っている。
そんな世代の女の人の集まりなのだろう。
小泉今日子の「なんてったってアイドル」が終わったところで、人が出てきた。

・・・チームリーダーだった。

チームリーダーはあたしに気づいていない様子で、そそくさと部屋を出ていった。トイレにでも行ったのだろう。
あの職場の嫌われ者、口は出すが手は出さない、仕事の出来ないあのチームリーダーとカラオケに来るヤツはいったいどんなヤツなんだと、あたしは無性に興味が湧いて、さっと部屋をのぞいた。

・・・誰もいなかった。

チームリーダーは一人でなりきりカラオケをしていたのだ。しかも選曲はすべてアイドル。
この武器はどこかで使えるだろうかと考えながら、あたしはチームリーダーがまた一人で部屋に戻っていくのを柱の影から見つめた。

改めて言う。チームリーダーは46歳・独身。
そして男だ。