【茜色の街】 (1)

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故郷の駅に着いたのは夕陽が街を茜色に染める頃だった。
改札を抜けると、弁当屋が変わらずにあった。この街はあの日のままここにある。僕はそんな思いに背中を押されながら駅を右に折れる。
しかし、その先にあったのは、すっかり寂れた商店街だった。


何年かぶりに実家に帰る。
別に勘当されていたとか、性別が変わって家族にカミングアウトできなかったとか、そういうドラマチックな事情があるわけではなく、正月盆暮れの休みに遊びの予定を満載にしてしまったり、骨折して長距離移動ができなかったりとか、そういう簡単な理由だ。
そして、今回久しぶりに帰ってきたのも、特に大きな理由はなく、たまには帰ってみようかなといった単なる気まぐれだ。


寂れた商店街を抜け、文房具屋の角を曲がると僕の育った家までは一直線。約20分の徒歩の先にある。
その文房具屋は子供のパラダイスだった。厳しくも優しく僕らを見守っていたおばちゃんは元気だろうか。僕は蘇ってくる小学生時代に足取り軽く、文房具屋を目指す。
しかし、文房具屋はなかった。その角にあったのは、茜色の夕陽が沈みかけて薄暗くなった街角に昼間のごとく賑やかな明かりを放つコンビニエンスストアだった。僕はなんだかその角を曲がるのが嫌になって、そのまま直線に進み遠回りすることにした。

変わったもの変わらないものを探すかのように僕は久しぶりに故郷の街を歩く。
小学校の前を通り、校門越しに校庭を覗き込んだ。新しく改築された校舎を前にぼんやり立ち尽くしていると、犬を連れた中年の女性にじろりと睨まれた。変質者だと思われたらしい。

僕は小学校を離れ、よく寄り道していた広場の方へ向かった。遊具は少ししかなくて、キャッチボールや追いかけっこをして遊べる広い場所で、いつも暗くなるまで遊んでいたものだ。
頭の中に蘇った少年の頃の風景は、ぎらぎらと輝く大型遊戯施設の輝く看板と電光掲示板に一瞬にして消し去られた。


この街はすっかり変わってしまった。普段、故郷の街のことなんてしみじみ考えることのない僕を一抹の寂しさが襲っていた。
もう僕は、街の風景などろくに見もしないで、すっかり薄暗くなった道を足早に歩いた。このゆるい坂道を上ると右側に僕の暮らした家がある。
やはり暮らしていた家は変わりなく僕を迎える。何も変わらないものが僕を待っている。

そう思っていた。そのはずだった。しかし、家に近づいてみると、どこか様子が違う。家を増改築した様子はない。
ただ、通りに明るい光が漏れている。昔も、泥棒よけに明るい電灯を取り付けてはいたが、今見えるのは、ちかちかとしている赤青黄色の派手な光だ。

家を囲む塀の脇を家を見上げながら、あえてゆっくり歩いた。ゆっくり歩いても、そんな豪邸ではないから、すぐに塀の切れ目、玄関先への入り口に着いた。
門柱を曲がると明かりの正体がわかった。玄関がクリスマスの飾りに使うような繋がった電球で囲ってあったのだ。
そして、見覚えのある昔のままの引き戸式の玄関の脇には、昔と変わらない家の表札とは別に木で出来た看板が付いていた。

僕の手は引き戸に届かんばかりのところを宙に浮いたままで、僕は動くことを忘れたように立ち尽くしたままで、それでも頭の中ではその看板も文字を幾度も反芻した。

その看板に書かれた文字は「ジュン漫画喫茶」。







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 【茜色の街】 (2) に続きます。

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