「戦国武将と男色ー知られざる武家衆道の盛衰史」という本の引き続き感想です。
これ程ツッコミどころがあるとは正直思っていなかった。いくら何でももう少し共感出来るかと思っていたのに 著者の理屈のどんなところになのか 例えば前回書いた赤松持貞足利義持の男色関係と寵愛を否定する強い根拠に、義持に自害させられたという理由を上げているにも関わらず、葉隠作者の山本常朝の主君鍋島光茂が、浮気の跡がある寵愛のお側勤めを切腹させたという逸話を同時に載せてしまっている。
密通をしたら自害させられた例を出したら、赤松持貞の男色の寵愛を否定する根拠が弱くなっちまうと思うんですが。この著者は全編に渡って結構そんな感じで 結局何を肯定し、何を否定し、何の史料を信用し信用しないのか、そして確かな史料が無ければ強引な理屈で男色関係が無かったと思う方が合理的だという説を押し付けてくるのは構わないんだけど、違うページをめくると、自らその自論を覆してしまうような男色例を上げてしまっているというか...。

男色による寵愛で出世は恥であり、主の依怙贔屓は我が身を滅ぼす。ええ、大賛成ですとも、この意見! でも分かっていながら、いや愛は盲目なのか、やっちまうんです。依怙贔屓を! ありとあらゆる手を使って
で、この本の著者は、そんな部分を特に戦国時代の例では否定したがってるように感じます。
実力主義だから だそうです。⬅理想論では?

江戸時代の徳川家の男色依怙贔屓の醜聞凄いと思いますけど 徳川政権下で家光(柳生知矩やその他数多くの愛人に対する依怙贔屓)や綱吉の(美少年ハーレムと柳沢吉保)話しが例え創作でも、いや創作だったら余計に誰も反論や弾圧はしなかったんだろうかって不思議。

何よりも笑えるのが神君家康公と井伊直政の醜聞。私のブログ、『森蘭丸一家の隠れた素顔(蘭丸編)③』を参照。井伊直政の浮気の話しは確か江戸中期か後期のものなので信憑性はどこまでって感じだけど
家康が井伊直政に手柄を立てさせて上げたくて、裏口入学的なチョンボをかまそうとするのは木村咄(木々寸物語)江戸前期にも載っているのです。
足利義尚の馬鹿馬鹿しい程露骨な依怙贔屓だと他の家臣の反発怖いので、こういう上げ底靴的な依怙贔屓を考え出す訳です。⬅これ、忍ぶ恋ですかね(笑) 政愛分離について著者は書いてるんですけど、例えば鍋島と山本常朝の関係?そんなの理想論ですってば 男色関係結んだ時点で公私混同だし 
実力派男色愛人の土屋昌続と土屋惣蔵の兄弟(武田信玄と勝頼の愛人 何と同族の兄弟を父子で一人ずつ可愛がっている)の例を出しても虚しいだけ
彼等が勇敢で武勇に優れてたのは認めるけど、それが上げ底でなかったとどうして言い切れる?ちょいと知恵の回る主なら、こういう上げ底普通にするから 何で男色ではなく普通の家臣として重用してあげなかったのか 男色関係になってしまったら、どっからどこまでが依怙贔屓で、実力かなんて分かる訳ないし、愛人を依怙贔屓するなというのも無理な話し。

次回こそ、男色関係で依怙贔屓すると本当に身を滅ぼすし、凄い反発あるの?信長の弟の男色醜聞から探る ミンナの気持ち