6月から始めた派遣の仕事。

3日ほど前に、派遣担当者に

「辞める」と連絡した。

 

契約更新時期は9月末。

(なぜ4ヵ月更新なんだ…)

でもそれを待たずに辞めたいと

希望は伝えた。

 

もう耐えられない。

毎日行くのが憂鬱過ぎる。

職場で、そこに居る時間が

苦痛でしかたない。

 

もう最近では覇気が無い。

YTもネガティブにならざるを得ない。

 

仕事終わり、疲弊した心身で

駅から自宅まで歩いている時

 

夜の空を見上げて思ったのは

 

これは生きてる意味が無いな。

45歳という時期を毎日

こんな嫌な気分で過ごすのは。

 

ここで数か月、1年、3年…と

この嫌な気分で生きたとしたら、

 

その数か月、1年、3年…の分

長く生きたって意味が無い。

 

こんな嫌な気分で毎日生きているのは

生きている意味が無い。

その分の寿命は意味が無い。

 

こんな嫌な気分で毎日過ごして

そしてそんな日々を積み重ねて

長生きしたとしたら

 

ただ終わりの日(寿命)が来るまで

我慢して生きていたようなもんじゃないか。

 

なんなん?それ。

 

今は45歳。

「今が一番若い」とは

良く聞くセリフだけど

 

確かにそう。

貴重な一番若い「今」。

 

どうして毎日

「この不快な1日が終わって欲しい」

と願いながら、その不快な1日を

投げ捨てるように私の

45歳を消費しなきゃならないんだ。

 

まさに「何のために生きてるんだ」。

 

 

……ビーグルしっぽビーグルからだビーグルあたま

 

いろいろ考えてみると…

 

60歳で亡くなった場合

90歳で亡くなった場合

 

女性の平均寿命は87歳くらいだし

 

60歳

➡ちょっと早めに亡くなっちゃって残念

90歳

➡生きれる分だけ生きれて大往生で良かったね

 

みたいな何となくな思い込み?

風潮?みたいなのがあったけど…

 

今から60歳までの15年間

心を殺さず、自分らしく楽しく

生きれるなら別に60歳で終わっても

全然悪くないなって思った。

 

それより、イヤな事に我慢する時間を

多く抱えて90歳まで生きるのは…

意味ない(自分にとって)と思った。

 

90歳まで今から45年ある訳だけど

(今の年齢のちょうど倍!)

 

45年間の時間のうち30年間くらいは

不快な気落ちで生きているとしたら…

ゾッとする。

 

ていうか、ただ義務で呼吸してますってだけ。

ほんと何で生きてんの?

って気がする。

 

 

自分が60で死ぬのか90で死ぬのか

ハプニングで1か月後に死ぬのか…

 

わからないんだけど

 

「今」の生き方は

本気で考えた方が良いかも。

 

一般的にどうこうとか関係なく

 

とにかく

この不快な気分で過ごした時間分、

その分長生きしたとしても

その時間分は私にとって意味が無い

 

って言うか、要らない。

 

だったらこんな不快な気分で

生きてるその日数分、

早く寿命を迎えた方が良いくらい。

 

※この職場での不快は

全く成長とかに繋がるものでは無い

 

ちょっと人生について

考え直しているところです。

 

はぁ…チーン

酷い環境!いまの職場!

博物館に展示したいくらい酷い!

もう大っ嫌い。

 

て感じで、

そんな気分で毎日生きてる。

 

今はお盆休みだから最高だけどね。