『16歳の語り部』(ポプラ社)の書評を書かせていただきました。

本書は津波で大きな被害を受けた宮城県東松島市に住む
3人の高校生の言葉をまとめた本です。
彼らは、小学5年生の時に体験した震災の様子や教訓を語り伝える
「語り部」として活動しています。
この本は、書評の担当編集さんが選定してくださいました。
その編集さんとは10年以上のおつきあいになります。
長い間、一緒にお仕事をしていると、
お互いの家族のことや生まれ育ちのことなどが、
なんとなくわかるようになるものです。
私の出身地は、東日本大震災時の津波で大きな被害を受けました。
編集さんはそのことを十分にわかってくださっており
過去にも地元に関する本の書評を書かせてくださいました。
とてもありがたいことだと思っています。
5年前の震災後、すぐにでも実家に帰りたいと思ったのですが
新幹線も高速バスも不通の状態で、
ようやく帰省できたのは四月下旬でした。
私の家は山奥の農村地帯にあるため、津波の被害はまったくなく
実家のまわりの景色は、いつもと同じでした。
でも、町の様子はまったく違っていました。
かつて祖母が入所していた老人福祉施設の周辺は、
一面が焼け野原で茶色の世界でした。
ありえない場所に、大きな船が乗り上げていました。
よく買い物に行ったり、食事に出かけたりしていた港の近くは
建物はかろうじて残ってはいました。
でも、道端には瓦礫が積み上がっていたり、
ビルの高い壁に自動車が突き刺さっていたりと、異様な光景でした。
通っていた高校の先には、
夏になると海水浴に出かけていた海岸があります。
その海岸に向かう道の途中には、
同級生が切り盛りしている魚屋さんがありました。
でも、震災後には家や建物があったはずの場所は、瓦礫の山になっていました。
アスファルトの道路は残っていましたが、
どこになにがあったのか、ここがどこなのか、見当もつきません。
自分の記憶の中にある景色と、目の前の状況が違いすぎて、
CGの世界に入り込んだような気持ちになりました。
実家には毎年、帰省していますが、
それ以来、大きな被害を受けた場所には行っていません。
お恥ずかしい話なのですが、
たぶん、まだ、現実を受け入れる勇気がないのだと思います。
そんな豆腐のようなやわやわのメンタルの私にとって、
『16歳の語り部』は衝撃でした。
本書には、3人の高校生の語り部が登場します。
津波に直面し目の前で人が流されたこと、
可愛がっていた犬が見つからなかったこと、
親友が亡くなったこと、家が流されたこと、
避難所で大人たちが救援物資を取り合ったことなど、
3人はそれぞれに震災の経験を話しています。
彼らが自分の経験を語れるようになるまでに、
どれだけの葛藤や苦しみを乗り越えてきたのか、
想像するだけで泣けてきました。
彼らのうちのひとりは、
「僕たちが、あの日、あのとき何が起こったのかを理解できた
最後の世代で、しかも、その体験を自分の言葉で伝えられる
最後の世代なんです」
と語っています。
世の中では毎日、いろいろなことが起こっているので、
震災の記憶が薄らいでいくのは仕方のないことなのかもしれないな、と思います。
でも、風化させてはいけない記憶だとも思います。
ひとりでも多くの方に『16歳の語り部』を読んでもらえることを
心から願っています。