ブログでも度々書かせていただいていた愛猫のエルネストが

先日12月25日に亡くなりました。
少し長い文章になりますが、お付き合いいただけましたら

幸いです。
エルネストはソマリという猫種の男の子です。

2016年9月8日に大阪で誕生しました。

僕が初めて対面したのは2016年10月22日でした。
一番引っ込み思案なか細い感じの坊やで、顔が小さいのに

耳が大きく、キツネみたいで、昔見た映画に出てきた

グレムリンみたいな、そんなイメージでした。


彼を選んだ理由は何となくはかなげで陰気そうなところに

一目ぼれしたから。

もともと動物を飼ったことはほとんどなく、小学校の終わりに

父親が社宅の同僚に頼まれた大きな亀しか経験がありませんで

したが、縁あって子猫との生活が始まりました。

大阪まで迎えに行って初めて我が家にやってきた時、

普通の猫のイメージなら「ここは大丈夫な場所なのかい」

「誰か怪しいやつはいないのかい」ってな具合にパトロール
しそうなもんですが、リビングに入るなり一目散に走り出しました。
どうしたんやと後を追うとトイレでした。


そっかぁ~、おしっこを我慢してたんかぁ~って思ったのですが

ふと、何でトイレの場所がわかったんやろう?
と疑問に思いました。
初めての家に着いて、迷わず一目散にトイレに…
トイレの形状で覚えてる?(いやいや、でも大阪にあったトイレと

形は少し違うし、砂の種類も違うし・・そもそも生まれてまだ2ヶ月の子猫がそんな風に識別できるのだろうか)、それとも匂い?

(でもまだ使用していないからただのプラスチックの大きな容器で

しかないはず・・)。

驚くとともに妙に感心してしまったのを覚えています。
2016年11月29日、共同生活のスタートは謎だらけでした。


朝の7時になると、肉球で僕のおでこをタッチしたり頬をべろべろ

なめて「メシをくれ」と起こします。寝過ごし防止にぴったりです。

僕も、布団から出て、フランダースの犬のテーマ曲に合わせて、「エルる~、エルる~、エルるるる~る、エルネスト!」と適当に

つくった謎の歌を口ずさみながら、彼用のご飯をつくります。

彼は、僕の謎の歌に合わせて「ニャ、ニャ」と小気味よく合いの手

を入れ、ご飯を待つのでした。


僕の仕事はファイナンシャルプランナーで、マネーセミナーで講師をしたり、個別相談でお客様の人生設計のお手伝いをするのが

仕事です。
帰宅時間も比較的遅くバラバラで、家で仕事をすることも

多い生活です。
そんな生活をしてたことと、もともと少し神経質なところもある

僕の性格から、ソファーや壁を噛んだりボロボロにされたり

スーツが毛だらけになったりするのがイヤで、気づけば掃除と

「コラー!」とエルネストを怒るシーンが増えました。ごはんの時

にテーブルにのってくるとケージにインしてました。

今から振り替えれば、とても聞き分けのいい子で、猫を飼った

ことのある人誰に聞いてもおとなしいいい子と言われていました。
でも、僕がそのことに気づくまで時間が必要でした。


エルネストも順調に成長し、お正月を迎え2017年になった頃

には、それまで細くて子猫っぽかった尻尾の先が、少しワサッと

した感じになっていました。
顔の子猫感とのギャップがとてもかわいい感じになりました。

部屋にある観葉植物が好きで、隙あらば飛びついてぐしゃぐしゃ

にしてやろう・・という気マンマンで、いつも葉先を眺めていました。

 春になると、会社の近所のごはん屋さんで、ひな祭りの

ちらし寿司の予約を受け付けていました。
ひな祭りの季節は枝ものの梅がきれいな季節です。

梅は、僕の大好きな花。市場の花屋さんでお世話の仕方を

教えてもって、枝を買って来ました。
エルネストは枝に興味津々で、たぶん喜んでくれたと思います。


この頃、ケージの中のお気に入りのハンモックが成長とともに

小さくなったので新調しましたが、新しいハンモックは気に入ら

なかったようで、一度もハンモックに入った姿を見たことはありません。抱き上げて入れてあげようとしても断固拒否です。
なのに、ある日ハンモックの中をふと覗くと、エルネストの毛が

いっぱい。

いつ入っているのだ・・?そんなつかみどころのないところも

ありました。


春以降はエルネストの成長にともなって、仕事もさらに忙しくなり

帰りはますます遅くなったので、一度家に帰ってごはんを
あげて、少しだけ一緒に遊んでまた出掛けたり、気づけば

「エルるる~、エルる~」といういつもの歌を深夜に歌うことも

増えていました。
それまで一人で寂しかっただろうに、イタズラをすることもなく

ソファーに置いていたお気に入りのクッションの横で、いつもの

ように、例の合いの手を入れてくれました。
その頃は、僕自身も疲れていただけではなく、しゃべり過ぎから

声帯が腫れて思うように声が出ず、悔しいやら情けないやらで

たまの休みは朝にエルネストのごはんをあげた後も、昼間はソファーでテレビを見ながらぐったりな日が増えました。
そんな時はいつも、少し離れたところお座りして、首を少しだけ

かしげてじっと僕を見ていました。
ふっと姿が視界から消えて、どこに行ったのかとキョロキョロすると、いつの間にか、スッと横にいて「父ちゃん大丈夫だよ」ってな

顔で僕の顔を一瞥すると、毛繕いをしました。
気づけば、僕の楽しみはエルネストとソファーでテレビを見ること、一緒に寝ることになっていました。


夏になると、どこからともなく聞こえるニャっ!という小気味よい

鳴き声とともに、窓についている虫に狙いを定めて、相手が外にいようが中にいようがジャンプを繰り返していました。

 こんな日がいつまでも続いて欲しいと心から思いました。

 エルネストは秋の声を聞く頃には猫じゃらしにもあまり興味を

示さなくなっていました。

大人になったのか、ひとりぼっちの時間が多いから我慢する子になってしまったのか、それとも陰気になってしまったのか

少し気掛かりでした。
「きょうだいがいた方がいいのかなぁ~」と、新しい猫を迎える

相談をするようになりました。

 

エルネストの異変に気づいたのは、さらに忙しさが増してきた

11月に入ってから。何となくお腹が張ってるように見えました。
食欲も落ちていて、いつも食べるごはんの量を食べることなく、

すぐにごはんの近くでスフィンクスのように座り込み、ごはんを

眺めている光景が増えました。

その時は便秘気味でお腹が張ってるのかなぁ~と軽い気持ちで

病院に向かいました。
お医者さんの表情はあまり良くないように映りました。
レントゲンの写真を見るとお腹のところが真っ白でした。

 

その時、写真を見た率直な感想は
「腹水かぁ~、水なんて、薬を飲んだり、抜いたりしたらすぐ治る

かな」と考えました。
でも、そんな甘い考えは数秒で打ち消され、冷静に先生の話を

聞けない、何とも言えない恐怖感でいっぱいになりました。
次の日の精密検査で伝染性腹膜炎、通称FIPという治療法が

ない致死率がほぼ100%と言われる病気と告げられました。
11月27日の出来事でした。


どうしょう…その気持ちしかありませんでした。
ネットで、FIPに関する検索ばかりしていました。
どれだけポジティブなキーワードを添えてもネガティブな

検索結果しか出てきません。
同じようにFIPにかかった猫ちゃんのブログで、うまく寛解したり、克服したいくつかの体験談をお守りのように毎日読みました。

毎朝していたコームを使って毛をきれいに梳いてあげることも、

背中が痩せたせいで、コームをあてるとゴツゴツと背骨があたって

しまうようになり、痛いかもしれないと思い、なにより自分が

居た堪れなくなって止めてしまいました。


自分がしっりしないとエルネストに不安な気持ちが伝わって

しまうので、寝る時には毎日「リラ~ックス、リラ~ックス、

エルちゃんのお腹の水がおしっこでたくさん出ていきますように、そして空いたところにたくさんごはんが入っていきますように
そしてデブネコになりますよお~に。

モテなくなるけど、その代わりに元気になれま~す」と

優しく少しおどけた感じで、首元とお腹をさすりながら

何度も声を掛けました。

バカみたいですけど、なんとなく気持ちが楽になったのです。

そして、いつもひとりぼっちのエルネストのままで、苦しい思いや

しんどい思い、考えたくないけども、誰にも看取られないまま

生涯を終えるなんてことは絶対にしてはいけないと思い、
11月29日からエルネストは7番目のスタッフとして会社に

出勤するようになりました。
食欲もなく、ぐったりしている姿を見て、とにかく食べる以外に

奇跡は起きないと思い、とにかく何でもいいから食べさせようとチャレンジが始まりました。
大好きなささみに始まり、むね肉、モモ肉、まぐろに貝柱、

ペットショップに行くとカロリーが取れそうなもの、とにかく

買い漁りました。
一品出してダメなら、もう一品と、エルネストの前には

毎日お皿がいくつも並びました。
それからは毎日、何をどれだけ食べたか、カロリーはどれだけ採ったのかを携帯に記録しました。


そんな先の見えない暗闇のような闘病生活の中で、

たまたまエレベーターで出会った猫を飼っているマンションの住人の方に教えていただいた獣医さんのもとを訪ねました。

その病院では、治療法がなく、症状に対する対処治療しかない

FIPに対しても、決して後ろ向きではなく、エルネストにとって

少しでも猫らしく生活ができるようクオリティーオブライフを考えてアプローチをしていき、できればのらりくらりでも共存できるよ
うに治療しましょうと言われました。
本当に一筋の希望を見た気持ちでした。

 

 治療を始めた次の日から、ごはんやおやつを食べるように

なりました。
当初1日で100カロリーも取れなかったのに、数日後には200カロリーを超し、300カロリーに届きそうな日も増えました。
みるみる元気になり、毛づやも良く、毛繕いまでするぐらい

回復していきました。
薬も最初はうまく飲めず、嫌だけど、体に力が入らずなすがままだったのものが、次第に力が出せるようになりクルっと体をよじってイヤイヤしたり、薬の気配を感じるとすたすたと寝室に逃げたり、行動のどれをとってもうれしい変化が見られました。

あまり好きでないカリカリのごはんを少しでも食べたり、
水を飲んだとき、トイレをした時
僕の口癖は「エルちゃん、よいぞ~♪」でした。

その合間でこっちをチラ見しながら、どないや!と言わんばかりに大好きな爪とぎを気合いいっぱいでガリガリやってました。

そして今までは、食事時にテーブルにのってくるとアカンと

注意していましたが、この頃になると腹水が溜まり、痩せて

筋肉も減っていたので、テーブルに登ろうにも、踏み台がないと

登れなくなっていました。

でも、もう登ろうという気力があることがうれしく、
気づけば「エルちゃん、よいぞ~♪」を連発していました。
ソファーや壁の角の部分をボロボロにされたり、スリスリされて、スーツが毛だらけになっても、しんどそうにしていない、本能で動く彼の姿戻ってきたようですごく嬉しかったです。

 

彼が毎日会社に来るようになってから、お客様や仕事関係の方

からうれしい知らせがたくさん届くようになり、忙しい日々が

続きました。
帰りが遅くなった時も、一緒に車に乗り込むと、

「さてと、景色でも眺めましょうか」と運転席の肘を置くスペースを占領してしまいます。
彼の後頭部と痩せた背中を見ながら、

「何となくこんな感じでガンバローぜ、奇跡を起こそうぜ」と

明るく声を掛けるのが口癖になっていました。

彼は、腹水の重さと痩せて筋肉が減ったことで、今まで水遊びをするために登っていた洗面台や台所流し、掃除機の音を聞いた時の避難先だったキャットタワーに自力で登れなくなりました。

寂しそうな顔でお座りして、キャットタワーや洗面台を見上げている彼の後ろ姿を何度も見ました。

この頃、「たくさんごはんをたべて、またあのキャットタワーに

登ろうぜ♪」彼と目標を立てました。

12月21日から変化がありました。
病気をしてから、それまではのっそのっそと歩いていたのが、

スタスタと軽快に歩くようになったのです。
夜寝る際、ベットに入る時も前足を使って登ってくる感じの動きが、ピョンとジャンプしてベットに入ってくるようになりました。
食べる量が増えたこと、病気になりできなくなったことが、また

ひとつずつできるようになる嬉しさでいっぱいでした。
22日にはスタスタと小走りで部屋を移動できるようになって

いました。
少し気になったのは、ごはんを欲しがるものの少し食べたら

プイとしてしまい、それまでの半分ぐらいしかごはんを食べなくなっていたことでしたが、元気なのでヨシとしていました。

 そして12月23日に奇跡が起きました。
午前中にお客様との面談を終え、家に帰ると・・
ウワッ!声を上げて驚きました。
目の前にはキャットタワーのてっぺんからエルネストが、

で~んと僕を見下ろしていました。
もう涙が出るほど嬉しく、その日の夜は、病気と長く共存できるのではないかと、それまでの不安や辛いことがすべて拭われた

最高の気分でした。
翌日は久しぶりの休みだったので、夜更かししてテレビを

見ていました。
後ろを向くとご機嫌そうにキャットタワーにエルネストがいました。

 

でも、よく見ると何かおかしいと感じました。

顔をじっと見ると口から大量のよだれを出していました。
抱きかかえてタワーから降ろそうとすると、僕の着ていた

スウェットに食い込んでくるぐらい爪を立てて、体がガチガチ

に強張っていたのでした。降ろそうとしても服に爪がかかって

離れません。

その時、彼は手の自由がきていないことに気づきました。

 

深夜2時近く、西宮の救急病院に向かいました。
診察台に乗せた瞬間、両手両足は踏ん張りが効かず

平泳ぎのようにベターっと開いてしまいます。
前足はギュッと握って爪を立てたまま力が抜けません。

呼吸も荒くよだれが止まらず、目を閉じることもできない

状態でした。
帰りのタクシーの中ではうなり声のような苦しそうな声を

上げていました。

その日は寝ている間に亡くなってしまうのではないかという

不安から寝れずに朝を迎えました。

前日の措置のお蔭でうなり声はなくなったものの、

ずっとよだれが止まらず、僕のベットに大きなシミを作っていました。目を閉じることもできないようで、呼吸も早く苦しそうです。

見ているのもつらい状況でした。
でも首元や頭をさすってあげると少し落ち着いた表情を

しているように思いました。
声を掛けると必死にこっちを向こうとしますが焦点が合っていないように見えました。
その姿を見て、頑張っているエルネストに失礼な言い方になりますが、かわいそうという言葉しか浮かばず、
飼い主として、

「この病気を発症させる原因を作ってしまったのではないか」とか
「うちにきて幸せだったのだろうか」という気持ちでいっぱいに

なりました。
うちの子にならなけれはこんな風になってなかったのではないか‥もっとやれたことがあったのではないか‥
なぜ、まだ1歳でこんなつらい目に遭わないといけないのか‥

その日の夜はかかりつけの先生のところで入院することに

なりました。
少し体調は落ち着いて見えました。

次の日の仕事終わりに迎えにいくことになりました。
ずっと掃除ができていなかったので、エルネストが戻ってきた時に汚い部屋ではかわいそうなので掃除をしました。

次の日の朝に病院から電話がありました。

体温が上がらなくなったという知らせでした。

支度をしてすぐ迎えに行きました。
車の中では時折けいれんしながらも、いつもの移動用のバスケットの中で必死に頑張っていました。
会社に着いても、時折けいれんしている状況は変わらず、

苦しさからか、何かを訴えているかのようなうめき声にも

似た鳴き声を上げるようになりました。

その日は、11時から大切なお客様と2階のお客様ルームで

面談していました。
なので、恐らく次にエルネストと対面する時にはもう息が

ないだろうと覚悟をして5階にある事務所を後にしました。

 

ご面談の途中でわずかな時間、5階の事務所に戻る用事が

できました。
タオルにくるまれたエルネストは相変わらず苦しそうでした。
少しだけタオルをずらして頭をなでてあげました。

 

その時、力強く「ニャー!」という鳴き声を上げました。
最近では聞いたことのない力強い声でした。
エルネストは僕のことを待ってくれたのだと思います。

「もう苦しくないよ」

「病気に勝ったよ」

「もう薬は飲まなくていいよ、よかったね」
「またごはんがいっぱい食べれるよ」

「好きなだけキャットタワーにも登れるよ」

と開いた眼を閉じながら声を掛けてあげました。

時計を見ると12時4分でした。

1時間もの間、小さな体で頑張りながら僕のことを

待ってくれていたと思うと、何て親孝行な子なんだと思いました。

最後まで僕のペースに合わせてくれました。
1年3ヶ月と17日の短い彼の生涯は終わりました。


次の日火葬の前に会社に一緒に行きました。

最後の出社日です。
7人目のスタッフとしての生活は27日で終わりましたが

立派な皆勤賞でした。
これからは写真の中でしか会えなくなると思うと

胸が苦しくなりました。


 火葬をしてもらっている間の待合室で一冊の本がありました。
「ペットの声が聞こえたら」という本でした。
ペットの最期とそこに関わる人との間で起こった実話が書かれていました。
幸せにできずにエルネストに対して申し訳ないという気持ちで

その場にいましたが、本の中には、ペットに対して、飼い主が

謝り続けたりしたら、ペットはどこに行けばいいのか迷ってしまう
と書いてありました。

愛を伝えて安心させてあげるように書かれていました。

感謝の気持ちを伝えることが大切とも書かれていました。

感謝の言葉は後悔の言葉よりもたくさん浮かんできます。

早起きできるようになったこと。
自分より弱いものに対して優しく接することができるように

なったこと。
ささみが美味しいスーパーとそうでないスーパーが

わかるようになった。
猫はプライドが高いこと。
猫はおしゃれさんということ。
カーテンと窓の間の隙間が秘密基地。
水は蛇口から直接飲むとうまい。
父ちゃんには決して爪は立てない。
辛い時は寄り添ってくれる。
毎日添い寝をしてくれること。

数えればキリがないぐらいたくさんなことを教えてくれました。


そして、エルネストを通して、自分の周りには弊社のスタッフも

含めてこんなに優しい人がたくさんいたんだということも、
エルネストの今回の病気を通して知ることができました。

 

長くなってしまいましたが、文章を書くことで、

彼との思い出を自分の中で確かなものにして

おきたかったので、書きました。


ありがとうエルネスト!

また会おうね。

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神戸のFP(ファイナンシャルプランナー)

株式会社ユニバーサル財務総研

今村 浩二

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