私は、昭和37年に制作された黒澤明監督の「椿三十郎」を
時代劇の最高傑作と思っている。
DVDも入手し、既に10回は見た。

私のブログネーム「椿六十郎」にも使わせてもらった。

映画の中で名前を聞かれた浪人が、庭に咲きほこる椿を見て、
とっさに「椿・・・・・椿三十郎・・・・・もうじき四十だが・・・・・」
と答える場面がある。それを応用した。

このたび、森田芳光監督の「椿三十郎」が作られたと知って、
是非とも見てみたいと思っていたが、
全国封切よりかなり遅れた1月26日に、
ようやく私の町で公開になった。

評判良いと聞いていたし、初日で土曜日なので、
観客も多かろうと思って入ったが、
10人そこそこしかいなかった。
既に広島などで見た人が多いのかも知れない。

森田監督作品は、黒澤作品と同じシナリオを使っているので、
セリフは勿論、画面構成も同じようなところが多かったが、
娯楽作品として、まずまず面白かった。

以下、両作品を比較しながら、感じたことを述べてみよう。

【 昭和37年と平成19年 】
黒澤作品が作られた昭和37年、
映画はまだ娯楽の王様として君臨しており、
一作ごとに大きな話題を呼んでいた。

「椿三十郎」はその前の作品「用心棒」の続編といった形で
作られた作品で、「用心棒」の三船敏郎は同じ浪人姿で登場し、
目の前に広がる桑畑を見ながら「桑畑三十郎」と名乗った。

映画が斜陽といわれて40年近くになる今、
ようやく若い映画人たちが頑張って新しい映画の時代を作りだし
つつある様にみえる。

その先頭を行く一人が森田芳光監督といってよいだろう。

45年を隔てて同じシナリオで作られた二つの映画。
それぞれの時代を思い浮かべながら見ると、楽しさも倍増するだろう。

【 モノラルとカラー 】
黒澤三十郎は白黒映画。森田三十郎はカラー映画。

白黒映画は今はほとんど無いが、色合いに気をとられることがないので、
逆に新鮮な感じもする。

森田作品では最後に三十郎と宿敵室戸半兵衛が対決するシーンだけは
白黒に似た色合いに仕上げていた。

私が森田監督作品を見るのは初めてだが、
彼は白黒画面の良さを知っているのだろう。

【 黒澤監督と森田監督 】
黒澤監督は、この頃「隠し砦の三悪人」「用心棒」「椿三十郎」と
立て続けに質の高い娯楽作品を作っている。

監督として最も油の乗った時期であった。
「世界のクロサワ」の名を不動のものにしていた。

対する森田監督は、今の監督にしてはベテランの部類に入るだろうが、
時代劇の監督は初めてだという。

しかも巨匠黒澤作品のシナリオをそのまま使っている。
黒澤作品を意識しないわけにはいかなかったろう。

見ていても三十郎の肩をいからせた歩き方、ドスの利いた物の言い方など、
黒澤作品を模倣したと思われるところはいくつかあった。

ただ、娯楽作品としては、まあ十分楽しめる良い作品に
仕上がっているといって良いだろう。

【 三船敏郎と織田祐二 】
時代劇スターとして不動の地位を得ていた”映画俳優”三船敏郎に
対する、”マルチタレント”織田祐二の比較になろう。

「椿三十郎」に出演したのは、ほぼ同じ年齢(40~42歳)だが、
がっしりした体格の三船は体中からオーラが出ているように見える。

対する織田はどちらかと言うと華奢な体つきで、
口を真一文字に結んでも、なにかニヤついているように見えた。

演技についても三船は動きや言葉の一つ一つが”重い”。
それに比べると織田祐二はやはり”軽い”。

ただし世界の三船に比べるのはかわいそうというものだし、
時代劇初挑戦にしては殺陣のシーンはなかなか迫力があって良かった。

【 仲代達矢と豊川悦司 】
三十郎と宿命のライバル室戸半兵衛を演じる役者。
仲代は前作「用心棒」でも三十郎と対決しており、
すっかり板についた演技をしていた。

豊川悦司も迫力では負けていなかった。
映画にずっしりとした厚みを持たせたという点で大いに貢献があったと思う。

黒澤三十郎では最後の室戸半兵衛との対決は、
一瞬の動きで勝負がつき、
半兵衛は胸から血しぶきをあげて倒れる。

当時この場面が大きな話題となった。

同じシナリオの森田三十郎だが、
この対決場面だけは違ったつくりになっていた。

ただ、これについてはここで多くを語らないほうが良いだろう。

【 伊藤雄之助と藤田まこと 】
黒澤三十郎では、善玉の城代家老に伊藤雄之助を起用する前提で
シナリオを書いており、家老の顔は馬より長いことになっている。

伊藤は当時名の知れた馬面役者だった。

今回森田作品では黒澤三十郎と同じシナリオを使っているので、
どうしても城代家老の顔は馬面でなければならない。

しかし伊藤雄之助はもう居ない。

いろいろ考えたと思うが結局藤田まことが選ばれた。

確かに今の時代、家老を演じられる役者で馬面というと
藤田まことしか考えられない。当然の帰結だろう。

【 おまけ情報 】
「椿三十郎」に続いて、黒澤明の名作「隠し砦の三悪人」も
今年5月頃の封切を目指して今撮影中とのこと。

想い出がたくさん詰まった往年の名画が再び現代によみがえる
ということは映画ファンにとってはうれしいことだ。

公開が待たれる。