自然と心と

自然と心と

科学、宗教、哲学、芸術、4つは同じことを求めているのだとウスペンスキーは言っている。あとキーワードとしてはグルジェフ、キングクリムゾン、最近は非二元なんて言葉がはやっているんすか?

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自分の発表終わるとすぐにもどってきた とんぼがえり

短い 筑波滞在時間だった 冬の この時期の筑波に

2つの悲しき思い出があるので 短くしかいられないことで

どこか救われているようにも思えている

 

2つの悲しみの一つは30年前で、もう一つは20年前になった

たくさん時間が流れているけれど

その2つの悲しみの中の記憶にのこるその人たちはその時から

時間を停めていて  思い出の中では その年齢のままだし

これからもいつまでも そうなのだ

 

僕だけは歳をとっていく 

 

  慣れないプレゼンテーションで、途中で口も渇いてうまく話せなくもなり

  おまけに話終わったら 質疑でいきなり外人の偉い先生が英語で攻撃だ

  たじたじ

 

年頭の大仕事を終えた気分である。

  今年の抱負なんてことを考えることもできないまま 今年が進んでいく

  孫がきてから余裕はないけれど 孫自身が成長していく

 主人公はもうあっちなのだとも思う。 

 

   しかし自分もまだ生きてるわけで。

  

 

  


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午後につくばに着いた。( つくばエクスプレスに乗った。)

 

つくばは18で新宮を出てから、生涯において縁の深い場所になった。

大学生活を送り、一度大阪に移ってから、再び職業生活をここで何年かすごし

今の播磨の研究所もつくばと関係が深く よく出張でくるし

学位もつくばの高エネ研にお願いしていただいた。

 

 ひさしぶりのつくば出張だと思う。以前に来たのはいつだったか思い出せないが

5年くらいは前か?それとも10年か?まったく思い出せないが、

とりあえずひさしぶりだと思う。

 

 ホテルをセンサービルの近くにとった。このあたりは随分と発展したので

昔の面影がなくなってしまって、建物が多くて都会のように見える。

1月のこの時期に、ここに来ると、僕はしかし、この季節が、つくばに生活した

何年かの間に集中的に、悲しいできごとがあったころなので、体のそこかしこに

トラウマとかPTSDとかが巣食っている。

  夕方早くに日が沈む。関東は関西よりも早く夜が来ると、学生のときに思った。

 夕闇の中、センタービルのほうまで歩いた。ノバホールをのぞいてみた。誰かポスターをはっている。

 アイアイモールにおりていこうとすると、自転車にのって 弦楽器を背負った若い人が2人とおりすぎていく。

つくばのオケの人なのだろう。僕は30年前の先輩なのだよと、心の中だけでつぶやいてみたけれど

時間は残酷のように、彼らと背広の僕の間にぶあつく横たわっているように思えた。

 

 行ってみたかったのはシェーキーズピザで、学生のころにたまに行った。平日ランチバイキングだと500円で食い放題だったので

貧乏の僕らのたまの豪遊だった。この店がまだあるのだ。かなしいほどなつかしいもので、そこで

ディナーバイキングをとった。

 

  座っていると、なつかしくて すべては悲しい。

  そうして、僕はあと何年いきるんだろうとぽつっと思う。つくばで大学院まで過ごして、大阪で就職し、

 数年後に夫婦で子供つれてここにまいもどってきてくらしていた数年があるひ終わり、

 子供は大人になり孫ができた。孫は、つくばで逝ったあの人にも良く似ている寝顔をする。

 

  明日発表が終わって播磨にもどり、孫の顔を拝むために生きているようなそんな感じ。そして

 つくばは、あいかわらずつくばで、どういっていいのかわからないくらい筑波で、18歳の僕が

荷物をもってやってきたあのときと、遠くに見える 筑波山はなにもかわらない。風景は正直だなと

つくづく思う。筑波山が変わらないから、ここは建物がたってもやはりつくばなのだな。

 


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新宮のスーパーセンターのシネコンで最後のジェダイを妹と見た。

映画を妹といっしょにみたのが人生で初めてで、もしかしたらこれが一回きりなのかもしれないと

思うくらい僕らは歳をとってしまった。その二日後に妹が新宮高校の同窓会に

いきひたすら年齢がいってしまった同級生たちと再会して楽しんだという。

 

中学生の時にスターウォーズの一本目が公開され

もしかしたら田舎の新宮でも見れたかもしれないけれど

僕はそのころはそんなものを見に行くような子供ではなく

ただFM やラジオで聞ける スターウォーズの音楽だけ気に入っていた。

 

ジョージルーカスはその後何本かこれの続編をつくり、実はこの話は

6話あるものの4話目から撮ったのだということが知られるようになり

全部ができたのが21世紀にはいってからだった。

そのあと、権利がディズニーに売られて、また3部作作るという

それの2本目が 最後のジェダイである。

 

主人公は女性で、なんとなく風の谷のナウシカのような風情の

レイ である。

 

この三部作の一本目で、なんと、ハンソロが死んでしまう。しかも息子に殺されてしまう。

ハンソロとレイアの間に生まれた子が、やはりダースベイダーの血をひいていて

暗黒面に落ちていく。

 

子供のころに、単なる活劇だと思っていたこの話が 実は暗黒面という

妙に深淵なメッセージを持っていることがわかったのが、僕にとって割と最近のことで、

妻に進められて真面目にスターウォーズを復習してから

映画館に見に行くようになった。アナキン君が青年になったあたりから。

 

アナキン坊やが暗黒面に落ちるのは、千年女王がプロメシウムになってしまうのとおんなじで

あんな純粋でかわいい子がこうなるんですか?てところが

人生 なにが起きて 人がどうなってしまうかわからん というところが

心に突き刺さるリアルさがある。

 

ということで最後のジェダイでも、相変わらず暗黒面の血をうけついたカイロレンが

悲しみながらも 母レイアを攻撃した(母は真空中でも死なないという驚き!)。

 

これを見ていると、僕はいつもこの暗黒面というやつが

実際に存在して やはりこの世界をつらいものにしていることを思う。

 

自分の中にもしれはある。ルーカスは、バランスをもたらすもの、

という言葉で表現するが 暗黒面を抑圧することではなく

あるバランスというところに答えがあるというメッセージを描きたいのだろう。

 

悪人正機という言葉にあるものと通じているものかもしれない。

 

 

 


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今年がきて2日目となる。昨日朝、新宮をたって 3時にならないうちに

たつのに戻れた。すさみと下里の間に高速ができれば、あと1時間くらい短くなるだろう。

それはまた10年とかいった歳月を要するのかもしれない。

それでも僕が兵庫にきたはじめのころから22年たてば、

新宮にももどるのに 5条まわりでいってみたこともあるし、竜神まわりで

いったこともあるし、田辺から中辺路というときもあったが、やっと海岸線オンリーで

行き着けるようになって、だいぶ楽になった。南海トラフのことがあるので

道はどんどん作ってもらっているのだが、相変わらずここは日本で東京から一番遠いところなのだろうか?

 

 老母に見送られ、梅ノ木団地を下って42号バイパスに昨日の朝のった。

 妹と弟がまだすこしいてくれるが、いずれ数日のうちに母をおいて

それぞれの場所にもどる。新宮とはいえ厳寒の2月がくる。

 ここ数年のくりかえしで、母はまた昨年よりも弱くなっている。というふうに

時間がゆっくり過ぎていく。

 

  


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というふうにたくさんの人が感じているようでもあるし

僕もそう思いますが、

 

テレビで街頭インタビューしたら 貴乃花の処分は降格だなんて

甘すぎるんじゃなんでしょうか?

とか組織人としては 問題があるんじゃないでしょうかとか言っている声がけっこうある

 

僕は 相撲さんの世界を よく知らないからこう思うのかもしれんが

 

大怪我するほどの暴行を警察に通報するのはあたりまえだと思うし

それをする前に理事会(だっけ?)になんで報告せなならんだろう

 

 組織人 なんじゃそりゃ?


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源氏のまとめをするほうが 野球しているよりも面白いので 早く家に帰りたかったって

言えてしまうとこが スカッとよかった 

 

  最近 私は ニックレーンという人の本を一生懸命読んでいる

  ニックレーンはネイチャーにも文章を書いているような人であって 大学の先生の

 肩書を持っているようだが 一般向けの科学啓蒙書を書いている人として

 紹介されているようだ しかしながら、語り口調が魅力的で よく勉強している人のようだし

  この人も 林先生のように まとめを書かないではいられないタイプなんだろうなと

思う。ニックレーンの場合は、その対象は源氏ではなくて、エネルギー代謝

 ということを中心にして、生物学のいろいろなポイントを体系にしていきたいという

 野望が強烈にあるように思え、その強烈な野望は、生命を理解したいという深い願いあるいは

 祈り に端を発するもののように思える 

 

  せっかく科学ということにまつわる仕事をすることができるような感じでやっているのだから

 よく勉強して自分の中に なにかまとめが存在している人間になりたいものだなといまさら

 思ってしまうくらい 長い間 まとめよりも オンデマンドなやりかたで 過ごしてきたように

思えるので ちょっとここらで まとめ自分なりにはじめてみようと

 

 来年の抱負のような感じで

 

 

 

 

 

  


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近況を更新してとりあえずを果たしたために

好き勝手なことを 次は書くことにする こないだ林修先生が

サワコの朝に出て とても面白いことを言っていて、僕は 今でしょの林先生を

結構好きになりました。

 

 林先生はこういうことを言ったのであった。 

 小学校のときに歴史の源氏のことに興味をもち、自分で源氏のまとめの

 ノートを作った。それが何回もまとめなおして改版して、最後に6年生の卒業のときに

 決定版が完成した。 源氏にまつわる種々の歴史の諸相を、どうやってまとめて

 体系化するかということに、異常に興味を持ち やらずにはいられなくなってしまい

 友達と野球なんかやっていても、ああ早く家に帰って源氏のまとめしたいな

 といつも思ってました。

 

  この話を聴いて、ひさかたぶりに心の内奥から燃え上ってくるような

  おれもやろう感が発生してきた というか いま帰郷して 父の書斎(父が死んだあと

  何年もたって新築した家の一室に母はやはり父の書斎のコピーを作った)

  に寝転がって これを書きながら この 俺もやりたい感は 

  自分にもそんな 一見無駄なことに 執念をもやせた少年時代があったことを

  いろいろ多面的に思い出させてくれた それは無数に作った紙飛行機だったり、

  理科の授業のノートをたしかに林先生のように何回も改版していたことも

  あったのを 少し思い出したり  夜通し ほとんど機材のない少年が

  こうやってみたらどうなるかなと考えて多重録音(ピンポン方式と言った

)  で音楽を作っていたりとか、 ブライアンメイがやったように自分のギターを

 作ってみたり(ネックが弦のパワーに耐えられないで少し前に反った)、

  僕は僕で誰に評価されることもなくても なにか自分にとってこうしたいということを

  みつけて 衝動のように 生きていた それがこの故郷で

  すごした少年時代だったのだ

 

    それで林先生のお話をきいて 郷里で自分はこういう子どもだったな

  といったことを反芻しておいて

    また播磨の研究所にもどると、そこは今度は 研究という名の競争を

  やっているところで、どっかギスギスしている日常があって そんな中で

 自分は落ちこぼれてないかなとかいう感じに つねに追い立てられていることで

  衝動のように源氏のまとめをやらなくては 生きたここちがしなかったと

 真面目に話す林先生のことを 思い出すと どっか 真ん中の部に

  違和感と安心感と雑多なことを感じて また来年が来る。

 

 

 

 

 

 


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帰郷して、2階の書斎で書いている。この実家は父が亡くなってからだいぶたって

山の上のほうに立てたので、父の書斎は必要なくなっていたのだが、

海の見える部屋を 母は書斎とし、父が昔の家で使っていた机を運び込んだ

 

ここの部屋が結局いごこちがいいので

帰郷すると そこに居て 書いたり読んだりする

 

  昨年の暮れに 孫をひきとって一年育てた(育て中であって、いつ回収しにくるのか未来は見えない

  成人するまで面倒みる宿命なら 私はこれからもだいぶ長いこと働かなくてはなりませぬ)

  今年の暮れ ついこないだ 実家の母の体調悪く 今年は早めに帰省しようかと思いながら

  それでも 孫の世話を 妻一人にまかせてくるわけにもいかず 昨日 東京から息子がもどってきたので

  バトンタッチして まかせて 車を駆って 今日 午後 郷里に着いた

 

 母は いくらか元気になっている

 12月の前半 息子が母(祖母)と電話していて どうも非常に体調が悪いようだと気が付き

 結局 そのころ動きやすかった 姉が千葉から見に行ってくれた 数日滞在し 世話をし

 母はしばらく 食事もとれていなかったとわかった

 姉の世話でだいぶ回復し、食事もとれるようになったと母は言っていて

 こちらから 大人のミルク(そんなもんが最近ある)

 を送ってやったら 毎日飲むようになり すごく元気になった とか

 プールに通い始めたとか 

 

  そんなこんなで 回復して元気になったと電話やスカイプ(パソコンを買ってあげてスカイプを使えるように

  してあるけれど ときどきスカイプは更新があるので そのたびに使えなくなって難儀する)

  では元気だというけれど やはり顔をみにいかねばと思って こうして

 結局 若いころはよりつかなかった実家に 頻繁にもどってくる ここ数年

 

  


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1964年のイタリア フランス合作の、モノクロの新約聖書の映画で、1959年にアメリカでベンハーが作れらていることからすると、ずいぶんと作り方が違うなあと思う。

 

 イエス様の顔のアップがいろいろと変わりながら福音書のまんまに説教をする 出だしの

 ところは、そのまま聖書を読んでいる感じである。

 

   この映画を昨晩やっていて、今日、その録画を今見終わったところである。

   イエスは、繰り返し、形式とか格式とか、身分とか業績とかではなくて、

   ただ神を信じて幸せになりなさいと言う。34歳の青年イエスは、そればかり語って

   処刑され、彼を追ってエルサレムまで来た母は、処刑の現場にいて

   泣き崩れる。彼を処刑したのは、その当時のユダヤ教の偉い人たちであり、

   ユダヤ教の先生であることで、地位を築いていた人たちである。

 

 この映画のはじめのところで、ヘロデ王が乳飲み子の大量虐殺を行う。

 ヘロデは、自身の地位(家族と部下、縁者、国民の安定した生活、また傀儡政権を

 与えてくれたローマに対する立場上のこと、すべてふくめ)をおびやかされる可能性を

 完全に削除しておく必要があった。 手段を選ばなかったのは、彼の必死な抵抗を

 想像させる。

 

  こうして、イエスは、常に戦っている。何と戦っているのかというと、

生きた人間の心を不自由にする、地位とか差別のようなもの。イエスは、身分とか

家柄とかで、立派であったりなかったりすることがらが、嫌いなのだ。そういったものを

とっぱらったところにある裸の人間にしか、かれは興味がないのだった。

 

 そんなふうにスッキリ生きて 34で死ぬなんて、ずいぶんと

燃え尽きたなと思う。 そういう生命にあふれたみずみずしいところに

原始のキリスト教があるのだと思う。


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 手柄山遊園地のプールに行こうと思って準備したのだけれど、いろいろな理由で行けなくなって、姫路市民のこの歴史あるプールが今年でおしまいになるというのに、残念だ。孫をつれていこうと思ったのだ。それで、しかたなく、あんまり代わり映えのない日曜で、リバーシティ(イオンです)に行った。相変わらず、孫はフードコートの喧騒にいると、はしゃぐ。

 

  僕が、孫もちになっている、という状況になってはや一年で、超未熟児だったこの子は、もうすぐ歩いたりしゃべったりしそうで、最近 いろんな音声を発するようになった。あらために、子供の成長をみるのはなかなか面白いが、体力が若くないので、無理はきかない。

 

  最近、心はいつもおだやかではない。仕事上で、困った問題に突き当たっている。いつもそれが心を支配している。いわゆるいっちょ前にストレスだ。そういうことを、あんまり経験したことはなかったが、あるんだな、的なことを感じている。僕は、この研究所で、いろんなものを作ってきたが、なんとなくのカンで、これは作れる、と思えたものは、すべて実際に作れた。ところが、いまやっているやつは、このカンがさえてこない。 といっても、このカンはちょっと奇妙なカンで、最近ではいろいろなものの仕様書を書いて、発注するというそういう仕事が増え、前のように自分が設計するわけではなくなって、そのかわり、だいぶ大きな案件をやっている。その案件をやってくれている会社さんが、仕上げてこない。5か月も納期が過ぎている。そうして、まだメドがたたなくて、仕切りにFPGAの中身をさわっている。検出器画像がきたなくて、どうやら信号処理がうまくできてないように思える。

 

  孫、仕事、つらさ、そして秋もくる。冬ぐらいになったら、孫はしゃべっているかもしれない。

  そのころにこの仕事上のごたごたしたのが すっきりなおっていればなあ。

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