ピンク映画メモリー

ピンクでの出演作で多かったのが向井寛監督作品。
この頃向井組で知り合ったのが司健。
現在の東中野駅近くにある映画館「ポレポレ」の裏近くの木造アパートの一階に住んでいた。
が、四畳半一間で物と言う物は無かった…。

健サンに紹介されたのが
「日宝」プロで大久保駅から(ヤッチャ場)近くのガード下の2階建の家が日宝プロだ。
後、高円寺に「火石」プロがあって愛染恭子や辰巳典子、火鳥こずえ達も火石の出身だ。
一方日宝は、白川和子、宮下順子、青山美みさ、
一星ケミ達もいたね。

司健もバイトでキャバレーのポーターをやりながら食いつないでいて、たまたま帰るのが面倒臭くなって、健サンの好意で泊めて貰うことになった。
いい奴なんだよ、ポマードがきついけど…。

夏場だったから、寝るのに布団と言う布団はいらなかった。
夜明けの早朝、健サンが
「久保チン、腹減ってないか?チョット待ってろ」
と言うと、健サンはランニングとステテコ姿で足早に部屋を出た。
10分も絶たなかったと思う。
健サンが部屋を開けると(山崎パン)と書いてある箱を両手に持ち部屋に入ってきた。

この時代は、パンも重ねてパン屋の前に合って、健サンはパンの箱ごと二段持って来ちまったのだ。
掻っパライ?…
「久保、押し入れ開けて」
押し入れを開けた途端、
パンの箱がダダダ~ッと落ちてきたのにはビックリ。
ついでに牛乳ビン、新聞も…オレ呆然だったな!

こんな司健だが、オレは良く可愛がってもらった…ね。
しばらく顔出さず尋ねて行ったら、健サンの部屋は他人が入っていて、それきり会ってはいない…。
オレが17歳の時だった。