選挙の世界 | 高澤 一成 「真の哲学者とは」

高澤 一成 「真の哲学者とは」

■哲学・社会学・社会思想に基づく「社会衰退の克服論」
■成人道徳教育(啓蒙)の必要性と、道徳と自由の両立。


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選挙の世界

■「選挙の帝王」と「選挙の神様」、上田清司と早川忠孝

 「ちがうだろー」、「このハゲー」が流行語となり、ヒステリックな秘書いじめがICレコーダーの音声によって公にされてしまった豊田真由子さんの選挙区である埼玉4区(朝霞市、志木市、和光市、新座市)にはかつて二人の大物政治家がいた。

 上田清司氏と早川忠孝氏の両雄である。

 いわゆる「選挙の帝王」と「選挙の神様」である。
 
 早川忠孝氏は元自治省の官僚であり、富山県・選挙管理委員会書記を務め、かつ千代田区に法律事務所を構えるベテラン弁護士でもあり、6回の国政選挙を経験し、選挙戦の実相を語った「選挙の神様」という本を出している。
 
 それに対して、上田清司氏には早川忠孝氏のような輝かしい経歴はない。
 それにも関わらず、早川氏は上田氏を打ち破ることは一度もできなかった。
 そればかりか、上田氏はその後、埼玉県知事に転身し、4度も知事選に勝ち続け、4期連続2003年から今日の2018年までなんと15年もの間、県のトップの座に君臨し続けている。
 そして過去にさかのぼっても、中選挙区だったころの埼玉4区が含まれる「埼玉県第5区」には、朝霞市、志木市などに加えて、私が若い頃に13年ほど住んでいた上尾市も入っているが、その「旧埼玉5区」の1993年の衆院選では、立憲民主党の創設者である若き日の枝野幸男をも上回ってトップ当選しているのである。
 

 「百勝将軍」、「不敗神話」。

 クイーンのフレディ・マーキュリーもびっくりの政界の「チャンピオン」なのである。
 そのような憲政史上類を見ない「選挙の帝王」が小選挙区で立ちはだかった「努力の人」早川先生は大変に運が悪かった。

 上田清司の強さの秘訣は徹底した「ドブ板選挙」と「人相のよさ」である。

 とにかく選挙カーを走らせて、候補者名を連呼するだけという徹頭徹尾の「ドブ板選挙」。
 そして政治思想、政策もなんら偏りがない。
 上田氏は何ができるというわけでもないが、何か問題があるというわけでもない。
 ジェンダーのような、様々な議論がある考え方には反対し、歴史問題については日本の国益を重視した発言をする。

 どんな問題についても、多数派に与(くみ)し、バランスの取れた立ち位置で、極端な考え方ではないから、「この人なら大丈夫」と思わせ、日本の有権者を「安心させる」のである。

 そして誰もが支持できるような、そつのない政策を掲げ、かつ、大きく偏らないから、敵を作らない。

 麻生太郎財務大臣のような失言もなく、控えめであり、思いの丈(たけ)を語らない。
 「女性にとって頼りがいがあること」、「ブレないこと」、「それらしく見えること
 正直、私には全くない要素である・・・。
 

   


 「人相のよさ」については、早川先生が悪いわけでは全くないが、上田氏の人相、目鼻立ちは人を引きつけるものがあって、上田氏と比べると、早川先生の見た目は正直地味であり、パッとしない。
 上田清司は誠に凛としていて、威風堂々としているのである。

 無論、早川先生も高身長であり、体力もあるが、それを凌駕する、数字や言葉、経歴では言い表せない徳と魅力とが上田氏には備わっているのである。

 そして、それは多くの有権者が候補者の経歴をあまり見ていないということの現われでもある。
 上田清司氏と早川忠孝氏との経歴を見比べたら、その差は歴然である。

 自民党公認であり、元官僚であり、弁護士でもある早川氏に十中八九入れるだろう。
 だが、多くの有権者はそうしなかった。
 さほど政治に関心のない有権者、あるいは日々の生活、仕事や家事に追われている有権者は、ただ、ポスターだけで判断しているのだろう。
 

「どなたでもこのこと(駅頭活動)を愚直に実行していれば、必ず成功します。

私の場合は、相手(上田清司)も同じようことをしていたので8年かかりましたが、相手がロートルだったり、利権政治家だったら間違いなく早く結果が出ます。」

(早川忠孝著 「選挙の神様」PHPパブリッシング社 より)

 私は早川氏は浅野史郎氏と同じだと思う。

 浅野史郎氏は元厚生官僚、元宮城県知事であり、2007年の東京都知事選に立候補したが、当時は石原慎太郎の長期政権であり、ダントツの知名度を誇る石原氏に全く歯が立たなかった。

 優秀であるが、運が悪過ぎたのである。
 「浅野史郎さんが舛添さんや小池さんの選挙の時に立候補してくれればー!(泣)」、と思う都民は私一人だけではないはずである。



 20代であり、若かった頃の私は、埼玉県知事宛てに「道徳指導要綱」という提言を出したが、そんな「不敗神話」の政治家である上田知事から直筆で賛同のはがきを頂いた。このはがきがうれしかったことは言うまでもなく、道徳や哲学の勉強を続ける糧にもなった。

 このはがきがなければ、他の政治家やマスコミには全く相手にされなかったので、道徳活動をやめていたかもしれない。こういった無名の哲学者に対する一つ一つの行いすべてが目に見えぬ上田清司の「徳」として、結実しているのだと。

 これは「いじめ加害生徒出席停止案」という私の提言を聞き入れて下さったり、上田知事と同様、直筆のはがきを下さった自民党の伊吹文明先生にも共通する、表に出ないような、選挙に負けない政治家が持つ「徳」である。
 

 しかし、一方早川さんは・・・ 

 



■立花孝志と早川忠孝

 立花孝志氏と早川忠孝氏にも妙なつながりがある。
 経歴・思想は全く違うが、どちらも長身であり、威風堂々としていて、体力がある。
 そして、どちらの人生も裁判と選挙に奔走している。
 立花氏と、早川氏の秘書だった平田充孝氏は同じ葛飾区議である。
 また、立花氏の部下である大橋昌信氏と多田光宏氏は、それぞれ早川氏の地元である朝霞市と志木市の市議である。
 そして私は2014年には早川陣営に、2018年には立花陣営に顔を出しており、両陣営とご縁があった。

 


 先月のゴールデンウィーク、5月5日、土曜日のこどもの日。

 

(写真は人が少ない時に撮ったものです)

 

 1日の利用者数が16万5千人を数える立川駅には、大勢の人波でごった返していた。
 立川駅南口近くの雑居ビルにある和食レストランに立花孝志氏と支持者による10人ほどの食事会があった。
 初対面にも関わらず、ざっくばらんな感じで、会食に招き入れられ、ロースカツ定食をごちそうして頂いた。
 レストランに行くまでの間立花孝志氏は、交際相手と公表している40歳の女性の肩に手を回して歩いていた。
 そして、会食では私の向かいの席が、まだ名前も知らない、立花さんの彼女だという美人女性だったのだが、その翌週には私がちょうど会ったばかりのその女性を、いきなり松戸市長選に立候補させたというのだから、とてつもなく大胆だ―。
 千葉の新聞やニュースでも、彼女が顔写真付きで取り上げられている。
 「美人のシングルマザー」ということで、NHK以外の記者から立花さん自身の選挙よりも注目されているらしい。
 
 そして、その翌週の日曜日の13日には、立川駅前の、モノレールが見えるクリサス立川5Fのサイゼリヤで食事会があった。
 立花孝志葛飾区議、立川市議選に立候補予定である、有名なニコ生主の横山緑ことくぼた学、松戸市長選に立候補している中村典子、多田光宏志木市議と、他の客も多くて店内が騒然としていたので話は通りにくかったが、実に個性的な顔ぶれであった。
 また、立花さんの政党には、元トラックドライバーなどの肉体労働者も多くいて、犯罪歴のある人も少なくなく、かつ立花さん自身が「バカ」であるとか、「どうしようもない」と評する人物も少なくない。しかし、明確に選挙に送り出すし、現実的に政治経験のない5人の候補者を勝たせているのである。

 立花氏の周りには非常に多くの人たち、特に若い男性が集まってくる。
 時代に取り残された私もその一人なのかもしれない。

 そういう意味で私が2014年に顔を出していた早川さんの陣営とは全く好対照である。
 
 私が「王佐の才」と評された魏の軍師、荀彧(ジュンイク)なら、早川陣営を袁紹(エンショウ)軍、立花陣営を曹操(ソウソウ)軍と評すだろう。

 早川陣営には、元自民党の衆議院議員である早川氏の輝かしい経歴によって、ベテラン弁護士、社労士・行政書士、特殊法人の職員、有名な演出家、IT大手の役員、東京ガスの御曹司、大学教授の法学者など、社会的地位の高い人たちがズラッと集結する。
 しかし、都心の一等地の、早川先生の催す会合で、産業法務や憲法、選挙戦についてよく議論したが、会の目的は私にとって不明瞭だった。
 演出家さんのDVDや先生のご本を買うことになったが、立場の違いがあり過ぎて、最後に早川先生から「期待していますよ」という言葉をかけられたが、彼らには私の話を聞く気はなかった。
 早川先生の方から私のブログの読者になっていただいて、それから哲学者として会合に呼ばれるようになったが、私は「ただ呼ばれただけ」という感じだった。
 

 むしろ、私は早川さんではなく、早川さんの周りにいる私と同世代の人たちと意見が合わなかった。彼らは女性アイドルを絶賛し、むしろ生業(なりわい)とされている立場だが、私は2014年当時、普遍的な哲学や社会学の観点から、女性の道徳の必要性について強調していたし、事実、それ以降塩村文夏都議、上西小百合議員、豊田真由子議員、共演者を土下座させたと言われる鈴木砂羽さん、山尾志桜里議員などなど、いろんな公人の女性による、眉をひそめるような非道徳な言動が相次いだ。

 彼らはただただ女性を絶賛するだけだったし、哲学や社会学に対するレスペクトがなかった(いや私だけに対するレスペクトがなかったのかもしれない)。
 そして音楽でも、私は硬派で社会的な、欧米で人気のあるインダストリアル、音も自分で全部シンセサイズして作り、ある意味YOSHIKI以上にポリシーのある音楽をやっているのだから、アイドルのライブを運営する立場の彼らと合うはずがない。
 ただ、その人には私のブログをお読みいただいて、男女共同参画に関する貴重な情報をご教授された。
 その点はただただ感謝申し上げたいが、彼らが私に直(じか)にお会いしたら、失望されたというだけの話である。

 ただ、私も哲学の真理まで曲げるわけにはいかない。
 当時の私の熱心なブログ読者であり、私もよく引用に出すデュルケムや宮台真司氏の社会学にも精通していて、音楽性も私と近い人から、「早川さんのグループの人たちに深入りしないように」というコメントを頂いた。

 事実、私は彼らの誘いを断りきれず、そういった心ある読者(真の盟友と呼ぶべき、Bさん)を失ってしまったのかもしれない・・・。

 ―であるから、早川先生とは何の関係もないのであるが、そんなとき、早川氏が生涯打ち勝つことのできなかった上田清司知事からのハガキを思い出したのである。
 
 今日(こんにち)の混迷する政界にあって、「NHKから国民を守る党」は真に恐ろしい戦闘力を誇る。

 政治経験のない無名の人たちを次々市議に当選させ、練馬区では全く何もせずに、なんと8,400票もの票を得ているのである―。

 立花軍の戦いとは、国民が貧困化している中、NHKの悪質な集金人の取り立てに苦しむ民意を取り込み、まさに荀彧(ジュンイク)の言う「至弱を以て至強を制す」という曹操の戦いである。

 

「天道に照らしても いまだ我が道は定かではない

雌伏(しふく)して待つことはたやすく 雄飛の時を知ることが至難だ」

(原案 李學仁  王欣太「蒼天航路 7」 講談社より)


 優柔不断で、何をしたいかよくわからない、社会的地位の高さにおごる袁紹軍とは好対照である。

 これは何も早川先生の集まりのことではなく、私が卒業した時の明治大学の学長であった岡野加穂留氏や亀井静香氏、藤井聡内閣参与や三橋貴明氏が警鐘を鳴らす「行き過ぎた緊縮増税やグローバリズムが日本社会に与える悪影響」を理解しようとしない売国かあるいは無為無策の、自民党のおごれる政治家の集まりとは、おおよそそのようなものになっているのである!

 事実、小泉チルドレンには、私と同じ北海道出身で、6つ年下であり、全く無思想で無策な杉村太蔵氏など、三島由紀夫が「芸者」と蔑むであろう、道徳のない売国のテレビが重宝するような、当時の小泉政権にとっては何ら害のない、「ただ元気」という、見せかけだけの人材しかいなかった。


 私が立花さんに会うことになったのは、森友学園問題が大きかった。
 かつては私も、籠池さんを悪者としてブログを書いており、「籠池菌」と表現するクリス松村さんに賛同していたが、森友学園問題について早くからジャーナリストとして活動している立花さんの動画を見て、籠池さんも事件の被害者の側であるということに気づかされた。
 大阪では、維新の会を中心に籠池さん一人を「詐欺師の犯罪者」として悪者にする傾向にあるが、「法律論で正しければ、人を陥れてもいい」という、Vシネの闇金の世界観のような非道徳な大阪の流れに対抗して、「義侠の人」、また「人情の人」である別のタイプの大阪人である立花孝志が立ち上がったのである。
 「大阪人の良心」、「大阪の正義」にとっては誠に正念場であり、酒井弁護士を府議会に呼ばない維新との、「善と悪との戦い」である。
 また、今年の学会で神戸へ行くことになって初めて知ったのだが、尼崎市の甲子園の駅の隣りに「立花」という駅がある。
 まさにNHKだけではなく、森友問題でも戦っている誇らしげな「立花」という地名が、「大阪の、関西の真の精神であれば」と心から思う。

 私は初めて神戸に行って、交通アクセスの良さと、山と海が調和した街の美しさに感銘を覚えた。

 

 

 美しき街、神戸。
 平安末期にしれつな源平合戦が繰り広げられ、その一ノ谷の戦いの舞台である神戸に思いを馳せる。
 私が参拝した氷室神社も「恋愛の神社」として有名だが、実は一ノ谷の戦いで平通盛(みちもり)が妻・小宰相(こさいしょう)との愛を果たせず討ち取られた、まさにその場所なのだという。
 

 非道徳な内田監督が指示したとされる悪質なタックルによって、学生さんがケガをさせられた関西学院大への思いもある。

 阪神ファンのイメージがあって、「六甲」という言葉にはまったくいいイメージはなかったが、神戸大学のある六甲台はビバリーヒルズのような高級住宅街だった。
 私は森友学園問題の人物相関図を作って自著とともに立花さんに送付した。
 安倍政権倒閣しか頭にないマスコミが一切事の真相解明をしようとせず、よって、このような事件の全貌を見渡せるような図を作らないため、マスコミの助けが全くない立花さんのために私が善意で作ったのである。

 森友学園問題も、佐川氏ら財務省の役人は不起訴となったが、まだまだ全容解明したとは言い難い。

 

 日本の歴史の中心地である関西、大阪の道徳と正義を私は見たい。
 


■早川忠孝先生に対する感謝

 そして誤解をされてはならないが、早川忠孝先生もまた、私が尊敬する人物の一人である。
 その集まりには私がなじまなかったというだけのことであり、たとえば、小池百合子の元秘書であるお坊さんなど、一人一人の方々は大変尊敬できる人物である。
 ただ、浄土宗の彼と、キリスト教の精神的な流れを汲み、また老子好きでもある哲学者の私とは全く共通点がなかったというだけのことである。
 同じ仏教でもでも私は美輪明宏さんがレスペクトする日蓮上人を預言者と考えているほど心酔しており、怪談で有名な日蓮宗の三木大雲さんの大ファンである。
 私が参加した早川先生の最後の会合で、私の隣の席にその浄土宗のお坊さんの方がいた。
 大変魅力的な人物、野口威光(たけみつ)氏である。
 「吾輩は坊さんである」という政治サスペンスの本を出された小説家でもある。
 ただ、その会合自体が、早川さんの取り巻きが野口威光さんだけを絶賛する集まりのようになっていて、私は完全にいる意味ゼロであり、蚊帳の外だった。
 その後、彼は昨年2017年の衆議院選に兵庫4区で希望の党から立候補して、小池百合子の支援を一身に受けたが、12万票を獲得した自民党の候補者に遠く及ばず、3万7千票で大惨敗している。

  (野口威光さんのフェイスブックより)


 私が乗らなかった早川先生の風、そして小池百合子の風。 
 いずれも老子が言うように、風ならぬ「道」が違うというだけの話である。

 彼は小池百合子の風に乗って「美しく」散った。
 そして彼女が起こした都民ファーストや希望の党の政治家は、地方でも全く勝てなくなって、立花勢によって散々に蹴散らされており、都政においても混迷を余儀なくされている。

 小池百合子が当選した2016年の都知事選で、立花孝志の得票は小池百合子の100分の1にも満たず、供託金を取られるほどの惨敗であり、テレビにも出れない泡沫(ほうまつ)候補だった。
 しかし今、地方選挙では完全に真逆になっているのだから、何が起こるかわからない。

 早川忠孝先生が書かれた「選挙の神様」は、人間愛に満ちた道徳本という側面もある。
 私は、日本哲学会のワークショップで紹介された、無知無思想で、全く役に立たない公共科の道徳倫理(後日、論証する)よりも、早川先生が出されているような本の方が子どもの道徳教育に役立つと太鼓判を押す。

 しかし、早川先生は小泉改革を支持しており、つまり一人で数兆円もの資産を保有するグローバル投資家やアメリカの商工会議所のために、日本独自の郵政グループや総合農協の在り方をバラバラに解体して、日本を売り渡す政治を盲目的に支持していて、規制緩和の影響も有権者に指摘されるまで考慮されず、政治家としての資質には相当疑問がある。
 つまり、真に日本の産業を守ることを考えるならば、岡野加穂留氏のような人や、藤井聡内閣参与や三橋貴明氏が政治家になるべきであり、彼は役人か司法の人で良かった。

 だが、この本に書かれている愚直な生き方、道徳的な生き方には敬意を表さざるを得ない。
 私の道徳とは、哲学であり、普遍的であり、理性である。 
 また、儒教嫌いで老子好きの点は曹操にも近い。
 対照的に早川先生の道徳とは、朴訥(ぼくとつ)で真面目な、観念的ではない純粋な、日本人的な道徳である。  
 いわく素直な気持ちを旨(むね)とする彼の道徳とは、「清き明(あか)き心」の神道に近い。
 社会の手本と言える早川先生が学校の、子どもたちの、その名の通り「忠孝(中・高)」の、道徳の先生になられるべきである。

 私は道徳それ自体を否定するマスコミや児童虐待の問題など、社会に悪影響を及ぼす大人を教育する!

 

 

早川忠孝著 「選挙の神様」PHPパブリッシング社

 

「自治省に入り、富山県庁に出向して県選挙管理委員会の書記を務め、衆議院議員選挙、県知事選挙、県議会議員選挙の同日選挙と最高裁判所裁判官の国民審査の事務を担当・・・。司法、立法、行政の国権三権の第一線で仕事をしてきた」早川忠孝氏の主著。

 

 これから選挙に挑む人にとっては非常に参考になる名著である。

 そもそも選挙に関する書籍自体が、大きな書店でもほとんど置いていない。

 小沢一郎の選挙軍団の強さ、私の記憶の片隅にあった民主党の武山百合子氏と、私の出身地である北海道の町村信孝氏の選挙区から立候補した小林千代美氏の公職選挙法違反、そして山岡賢次氏の政治資金疑惑についても触れている。

 もっぱら具体例を挙げた運動員買収などの選挙違反に対する警察の取り締まりの厳しさが克明に綴(つづ)られている。

 私の苦手な法律書の類(たぐい)ではなく、あくまでブログであり、無機的ではないので非常に読みやすい。

 とにかく素人にとっては参考になる箇所が非常に多かった。

 そして、願わくば東京都知事選前の田母神俊雄さんに読んでもらいたかった。

 また、日々の日記に近い文面からは、長年、駅頭でコツコツと演説を続ける真面目で愚直な早川氏の人柄がじわじわと伝わってくる。

 

 

 

 私には全く運がなく、女性に必要とされるようなブレない胆力もなく、よって女性にも一切好かれず、発信力もなく、人望もない。

 会えば人には軽視されるし、メディアからも、社会的地位のある人たちからも、ネットでも、長い間ずっと過小評価され続けて今日に至っている。

 だから、立花さんのもとに集まる社会的地位のない人たちが好きであり、「水滸伝」の梁山泊のように居心地が良いのかもしれない。

 事実、立花さん自身が、NHK報道部の経理と海老沢会長のカバン持ちという、社会的に高い地位にあったのが、一転して社会正義のために組織によって陥れられるという、林冲(りんちゅう)などのような、「水滸伝」の主人公たちに近い壮絶な運命を歩んでいる。 

 

 私の数少ないブログ読者を除けば、この国に私の味方はほとんどいないが、今は社会正義のために走り続ける立花孝志さんのために身を粉にして協力するだけである。

 

 



■6月5日 補足

 道徳について補足するなら、北野武氏は早川忠孝氏とは正反対である。

「道徳の教科書はもうちょっと中身を考えないといけない・・・。
ノロマでもコツコツ努力すれば勝負に勝てるなんて幻想を、子どもに植えつけちゃいけない。」
(北野武著 「新しい道徳」幻冬舎)


 ただ、こういう早川先生みたいなコツコツ努力する人もいないと社会は成り立たない。
 少なくとも武さんみたいにたくさん愛人のいる、不遜な人ばかりだと子どもは幸せになれない。
 無論、道徳教育がどうであれ、どう生きるかは各人の「道」である。

 同じ団塊世代でも愚直で真面目な早川忠孝元自民党衆議院議員と、徹底したシニシズム(冷笑主義)で、不遜ながらも正鵠を射抜く北野武氏。

 先日私は、早川先生の「選挙の神様」がすばらしいという感想を知人に話した。
 しかし、知人はどちらかと言えば「北野武寄り」であり、世代的にはダウンタウン好きのシニシズムな男で、「朝早くから、夜は終電まで、選挙も関係なく12年以上、365日駅頭に立って演説したりあいさつする早川氏は朝霞の利用客にとっては相当迷惑だろう」と答えた。
 私にはその発想は全くなかった。
 「それは朝霞市民に聞いてみないとわからない」と私は答える。
 しかし、同著には「「朝からマイク使ってんじゃないよ」と利用客に言われた」など、駅の利用者から悪態をつかれたという箇所がいくつかあると答えた。
 「確かに・・・。」
 新宿駅のように1日の乗車数が77万人近くいて、そういう大きな駅で北口、西口、南口・・・と毎日場所を変えて演説すれば、新宿駅を利用する人たちにとってはさして迷惑にはならない。
 なにしろ新宿駅を利用している人は、新宿に住んでいる人だけでは全くないので効率もいいだろう。
 朝霞という、八王子駅よりも2万人も1日の利用者の少ない中堅の駅でピンポイントに毎日というのは確かにちょっと・・・。 
 しかも、「NHKから国民を守る党」のような「ビラまき」と違い、同じ場所で立ち止まって演説やあいさつというのは・・・。

 「NHKから~」のビラなら、ボランティアがよそ見をしていても、向こうからビラを取りに来てくれる。NHKの道徳のない集金人に苦しむ人があまりにも多く、また、立花さんの動画の再生回数は1億回にも上るという。

 私は上尾に13年住んでいて、上尾駅はけっこう大きな駅だが、そのように毎日毎日駅頭に立ち続けている政治家を見たことがない。
 ただ1度だけ大島敦議員を見かけたが、早川氏のようにはマイクを使わず、ただ一人、切符売り場の前の大きな通路の脇に立ってビラを見せているだけだった。
 それだけでも「大島さんがいた」という印象が駅の利用者には十分残るものである。

 大島敦を駅前で見かけた瞬間は、今で言うなら「ポケモンを見つけたときの気持ちに近い」と言えばわかりやすい。
 だが毎朝、毎晩同じ駅にポケモンがいたら、「ポケモンGO」の魅力はなくなる。
 当時の上尾市には公明党の候補者のポスターが至る所にベタベタ貼ってあって、大島敦のポスターはたま~にしか見かけなかった。
 そして選挙期間にもなると、何年も前に就職活動で知り合った人からいきなり電話がかかってきて、その日にテレビで放送された「男はつらいよ」の話をしてきたので、私が「見てないよ」と言うと、さんざん民主党の悪口を言ってから、「公明党のWさんに一票よろしく」と言われた。
 

 そんなこともあって、あまり押しが強いというのも考えものであり、経歴もしっかりしていて、目立たず、さりげない大島さんには前々から関心があったのである。
 「押してだめなら引いてみろ」というか、案外人間ってそういうものなんじゃないかな。

 私は大きな駅の片隅にいる虚無僧のように目立たない大島さんの前で足を止め、ビラを受け取った。
 「ふーん、なるほど。この人は電子レンジを使わないんだな」。
 その後、彼は内閣府副大臣、総務副大臣、民進党幹事長の要職を務めることになる。


 そういう意味で、さほど大きくない駅の前に毎日立ち続けるというのは、「信長の野望」というゲームで言えば、これ以上「石高(ごくだか)」が上がらない小さな国で、無意味に何度も何度も開墾しているようなもの。ゲームの世界では「効果がありませんでした」という親切なメッセージが出るが。

 また、早川先生の秘書で私と同い年である平田さんは毎日の駅頭演説を共にし、その周りにも早川先生に付き従って風邪をこじらせたスタッフもいると書いてあるが、その秘書さんは葛飾区議選になんと一度落選してしまったのだという・・・。
 成り手の少ない地方議員の選挙は、政令市を除けば普通免許の筆記試験に近いものがあり、つまり大半(葛飾区の場合は40人)の人が当選するやさしい選挙にも関わらず・・・である。 
 知人は、「平田さんは仕える君主を誤った。「三国志」でいう陶謙(トウケン)のような弱い君主に仕えた武将みたいでかわいそう」とも指摘した。
 確かに袁紹(エンショウ)の部下の田豊(デンホウ)や沮授(ソジュ)などは優秀な軍師ながら、悲惨な末路を辿っている。 
 それに比べて、立花さんの所からは、政治経験のないトラックドライバーや普通のおっちゃんが何らキツい下積み、丁稚(でっち)奉公や落選もなく、一発で地方議員になっている。
 無論、下積み、丁稚(でっち)奉公、落選といった挫折も人生には必要な要素ではあるが・・・。
 
 また、「三国志」の袁紹(エンショウ)みたいに、年配で相当立場が上の人だと、誰も過ちを指摘できないし、本人も他の人からの忠告を聞かなくなるものである。
 武さんの言うように、真面目だけというのも考えものだなとも正直思った。

 私は普通のシングルマザーが、いきなり松戸市長選を戦うこととなった中村典子さんに次のようにツイートした。
「松戸市の各駅前で、できるだけ多くの皆様にお会いして、中村典子さんの顔と名前と人柄を知っていただきたいですね。
 駅に来られない方にも、ぜひ選挙カーなどで回っていただきたいです。
 そしてご無理をされず、「自然体の選挙運動を」と思います。」

 

 

 

 

 

 

 

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