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後悔しない就活プロジェクトのメンバーによる、後悔したくない就活生のためのブログ

主にイベントの告知をメインとし、他にもメンバーが就活での『あるある話』、『笑い話』、『やっちゃった話』、OB訪問やES添削、オススメの本の紹介等の『参考になる話』などを提供していきたいと思っています。

要チェックです!

こんばんは、明日に第二回のイベントを控えてちょっとビクビクしているイチロータです。カゼ

ラスプーチン、そしてのうしが就活は縁?というテーマに対してブログを書いてくれました。

やっぱり『俺はここにしか行きたくないんだ!』と強い想いがあっても、何かに導かれて全く予想だにしない就職先になるということは往々にしてあると思います。

二人の『就活は縁?』と言うテーマは、終わったあとにしか分からないことだとは思いますが、今の就活生の皆さんはとにかくアンテナを高く張って、とにかく色々な業界・業種をセミナー、面接を通して見ていって欲しいと思います。

さて、今回は『なーんか就活に身が入らないなぁむっ』とか、『セミナー予約でなんでこんな苦労しなきゃなんねーんだよ、かったりー叫び

と、ちょっとモチベーションが下がってきている人にある人の言葉を送りたいと思います。



誰かと申しますと、利根川さんの言葉です。




利根川さんって誰??ガーン

とお思いになると思いますが、実は漫画のキャラクターです。


最近劇場公開された『カイジ』のキャラクターの一人です。




彼は闇の組織の幹部で、とにかく数え切れない修羅場をくぐっており、カイジらがビルの屋上に作られた橋を渡るときに彼らがいかにダメか、コメントしている場面のことです。


結構個人的にはうぐっ!! っと来たことでした。


ちょっと長いですが、漫画から書き抜いたものです。さっと目を通してみてください。(比較的過激な内容です(笑))


利根川さん

『わしのように生きるか死ぬかの修羅場をくぐって来た人間からするとやつらの精神はまるで病人、並みの治療では救われぬほど心性が病んでいる。


 その病気とはつまり、どんな状況にいたろうととことん真剣になれぬという病だ。

自分が特別な存在であることは人間なら当たり前だがやつらはあまりにそれにおぼれすぎ、自分の空想と現実をごちゃ混ぜにする甘ったれだ。

いつだって許されると思っている。借金を踏み倒そうと、あるいは極論人を殺したとしても、自分は悪くない、自分は許される。なぜなら今起こったこの事態はあくまで『仮』で本当の俺のあずかり知らぬこと、そう考えるからだ。嘘じゃない。その証拠に今回これほど明々白々赤裸々に命がけの勝負、敗北は死と伝えてあるのに、連中はそれを自分の都合で勝手に捻じ曲げる。

気が変わればリセットできるくらいの勝負に自分で作り変えてしまうんだ・・・つまり、真剣でないのだ。やつらにとってこの絶体絶命の橋ですら真剣になれぬ戯言、言うなら架空の勝負、本当ではない。だから電流をきれだのギブアップだのと口走る。都合が悪くなればおりるのだ。根っこが腐っているとしか言いようがない。


 通常やつらは生涯その『仮』から目覚めない。愚鈍に寝たいだけ寝て、不機嫌におきだし、半ば眠っているような意識で日々を繰り返す。退屈を意味綺羅ながらその根本原因病理にはほおかむり、少し熱心になる瞬間と言ったらケチな博打やどーでも言い女を追い掛け回す時くらい。


なぜそんなクソ面白くもない気分でこの人生の貴重な1日1日を塗りつぶせるかというと、いつもどんなときも現実はやつらにとって『仮』だからだ。

つまり偽者・・現実(こんなもの)が自分の本当のはずがない、やつらはそう思いたいんだ。

ゆえに、30になろうと40になろうと、やつらは言い続ける。自分の人生の本番はまだ先なんだと。

『本当のオレ』を使ってないから今はこの程度なのだと。そう飽きず言い続け、結局は老い、死ぬ。その間際いやでも気がつくだろう。今まで生きてきた全てが丸ごと『本物』だったことを。人は仮になど生きていないし、仮に死ぬこともできぬ。当然だ。


 問題は、その当然に気がついているかどうか、真に覚醒してるかどうかだ。それがこの世で成功するか否かの最初の分かれ道、しかしやつらはそれを初っ端から勘違いしてるから、能力以前にダメなのだ。そう考えればこの橋は荒治療だがやつらが生まれ変わるいいきっかけかもしれぬ。この修羅、死と相対した本当の『生』を突破できれば目覚めるかも、頭の霧が晴れる。『再生』の扉が開く・・・!!!。』


ということで、就活でもモチベーション維持は難しいと思いますが、人生の重要なターニングポイントであることは自明だと思います。


ちょっとヤル気が失せてきたらこの文章を読んで、自分と向き合い、ヤル気を出して、また、明日からスーツを着て頑張ってみてください!!




ちょっと雑ですが、以上です(笑)


イチロータでしたビックリマークにひひ

みなさん、こんばんは!


大学5年生のうのしと申します。


さて今回はラスプーチンさんに続き、「縁」について少し話そうと思います。


みなさんは就活は「縁」だって言葉は聞いたことがあると思います。実際僕自身もそれを聞いた時に、なんで「縁」?就職活動って自分自身が行きたい企業に行くことだから「縁」って関係ないんじゃないのか?って思ってました。


しかし、就職活動を行った今やっと、この「縁」という言葉を理解することができました。


ではここで簡単な例を挙げてみましょう。


U君は小学校時代サッカーが大好きで、放課後は毎日グラウンドでサッカーをしていました。もちろん中学はサッカー部に入る予定です。そして、中学受験も終わり、いざ中学生活が始まった時、たまたま担任が体育教師でありラグビー部の顧問でした。最初の体力測定が終わったときにラグビー部に勧誘され、気付けば中学高校6年間ラグビーをし続けたという。


この文章を見た時、あなたはどう思いましたか?


正直私自身も当時こうなることは想像できなかったわけで、人との「縁」で人生は大きく変わるものだなって思いました。


そして、これは就職活動にも同じことがいえます。今11月の地点で、僕私はこの業界に行く!と決めていても、いざOB訪問や説明会で企業を見たり、人と出会うことで自分の今描いている固定概念が大きく変わっていくと思います。


その時に感じるフィーリングというものはとても大切で、今まで描いていたイメージを捨てて、その直感に従って坑道をすると新しい道が開けていくと思います。


私自身も留学から帰国して慌てて就職活動を始めた時期と、面接本番の4月頭の時期では、企業に対するイメージや考え方はがらっと変わっていました。


その理由というのも、やはり就職活動を通して様々な人と出会った「縁」によるものだと思います。


みなさんも、今持っている固定概念を一度捨てて白紙にしてみてはいかがでしょうか?


長くなりましたが、読んでいただいてありがとうございました。


細かいことはKSPのイベントや、このブログに順次アップしていきます。

どうも、ラスプーチンです。


よく就活は縁と言いますよね。しかし、そもそも「縁」ってなんなんでしょうか?


まず、縁という言葉を聞いて多くの人が連想するのが運という言葉だと思います。確かに、就職活動において運が占める割合は大きいと思います。しかし、運という言葉だけで片付けられるものでもないと思います。


では、人との繋がり、人との縁なのでしょうか。それも、ある一面をあらわしていると思います。しかし、これもまた少し違うように思います。


思うに、就活は縁というのは、就活に答えがないことの別の表現なのだと考えています。


例えば、大学受験であるなら東大を頂点としたヒエラルキーがあり、どのランクの大学に合格するかが、成功した受験かどうかの大きな目安になると思います。一方、就職活動というものは、何も人気企業ランキングの上位の企業から内定をもらうのが成功というわけではないのです。


就職活動をしていくなかで、さして興味のなかった会社の人間や事業内容から大きな魅力を感じることがあるかもしれません。あるいは、なんとなく受けていた会社が選考の過程で非常に魅力的に思えてきて、なんとしても入りたいと思うこともあるかもしれません。


つまり、就職活動の途中で、自分が考えもしなかった出会いや気づきがあり、それが行きたいと思える会社にっなっていったりすることがあるのです。


そう考えていくと、就職活動というのは、内定を得るための手段ではなく、その過程にいろんな意味があるものだと思います。就活中に会った、社会人や内定者、自分以外の就活生は、なんかしらの形で会社に入ること、もっと言えば人生について考えることにおいて新しい示唆を与えてくれるかもしれません。あるいは、就活でのいろいろな縁が、その後の人生において大きな意味を持ってくるかもしれません。


だから、就活は、やらなければならないものと考えるより、自分の新しい可能性を掘り出してくれるものと考えるほうがはるかにいいのです。そして、答えがないからこそ、面白い。


就活は縁というのは、そういった就活の面を表しているのだと思います。