永眠 | 山内恵介(大学受験 数学教師)のブログ

山内恵介(大学受験 数学教師)のブログ

ブログの説明を入力します。

6月5日  6:20
母が永眠いたしました。
病室で,みんなに見守られ,静かに眠るように。
64歳。ちょっと早すぎじゃないかな。

----------------------------------------------------

発覚したのは,昨年の1月。
末期の肺がんでした。
肺がんは,初期で発見するのが非常に困難らしく,
また喘息持ちだったので,よけいに発見が遅れたようです。

抗がん剤による治療で一時的にがんは小さくなりましたが,
再び大きくなり,抗がん剤の治療をストップしたのが昨年の夏。
がんは脳など各所に転移し,放射線治療などを受け,
今年に入ってからは緩和ケア科で手厚い看護をいただきました。
夏の時点で,半年持たないだろうと言われた中で,よくここまでがんばってくれました。

月1ペースで札幌へ見舞いに行き,いろんな話をしました。
その中で,受験サプリという新しいステージでの私の様子を伝えておりましたが,
私が理想に掲げる受験サプリの姿にはまだまだ遠く,
なかなかよい報告ができなかったため,
母にいらぬ心配をかけたのでは,と悔やんでいます。

-------------------------------------------------------

吐血し,意識不明という報告を病院から受けたのが5/28の午後。
すぐに飛行機で飛び立つことを考えましたが,
その日は原稿の締め切り日で最後の追い込みをかけておりました。
半端なことをしても母が喜ばないのはわかっていたので,
原稿を仕上げて翌日早朝に札幌へ。

親族は誰一人札幌にはおらず,遠方からみな駆けつけました。
意識は戻りましたが,しゃべることはもうかなわない状態でした。
ほぼずっと眠っているような状態でしたが,
それでも時折,目を開いては,みんなのことを見て,
そして聞こえているのか,みんながかける言葉や思い出話に,
涙を流すこともしばしば。
状態は一進一退をくり返しましたが,
病院側の配慮により,家族控え室に交代で寝泊まりしながら,
昼も夜も母に付き添うことができました。


最後は早朝でございましたが,
私も含め親族全員で旅立ちの瞬間に立ち会うことができました。
覚悟はできておりましたので,号泣というよりは,静かに見送りました。


父親がいない私を支えてくれ続けた母に,本当に感謝しています。
これからも見守ってくださいね。

------------------------------------------------------

私ができる親孝行は,
一人でも多くの生徒の人生をよい方向に導くこと。
今までも,そしてこれからも。

生徒が,学校の授業を聞いて,参考書を読んで,
どこで理解不足になるのか,どこでもっと知りたいと思うのか。
本質の追究と,今はとばしておくべき部分の見極め。
明確な答えはどこにもなく,
信じるべきは,自分の経験と
生徒の反応や質問してくるタイミングや内容という「現場感覚」。


悲しむ時間は,ここまで。
ちょっとお休みをいただき,各所に迷惑をかけた分,一気に取り戻します。