柱は壁から生まれたのでした。

壁は男の為によく尽くしました。

壁は、その厚さと賢固さのうちに、男を破滅から守りました。


しかし、やがて男は外を見たくなって、壁に穴を穿ちました。

壁は悲しみました。

「私はあなたを守ってきたのに」と泣き叫びました。

「それでも外を見たいんだ。私には素晴らしいものが見える。

あなたが私に尽くしてくれたことはよく分かるが、しかし変化の時が来ていると私は感じるのだ。」

壁はいっそう悲しみました。

そこで男は素晴らしいことを思いつきました。

男は壁の開口部に優美なアーチを作り、美しい石で飾りつけました。

壁は喜びました。

その時、柱が生まれました。


開口部が出来れば、そうでない部分が同時に出来ます。

いつしか開口部の列は美しい柱の列に変わりました。

男は美しいアーチの額と共に外が見えるようになりました。

壁の守るものは変わりました。

男自身を守るのではなく、男の心を守るようになりました。


ルイス・カーンの『建築 この途方もないもの』より



ひとりの人間のもっとも優れた価値は、
その人が所有権を要求できない領域にある。

人間は表現するために生き、表現することは生きる理由だ。

人は自分には全く属さないものに自分自身を委ねたり押し込んだりすることによって自分自身の価値を失う。物事をあなたの心で正しく把握し、そしてもっとも純粋な仕方で行えば、あなたは大いに孤立することだろう。しかし、それが注意深くなされ、かつ自らの行っていることをあなたが十分にわきまえている限り、その活動は途方もなく重要なことだ。


科学は、すでにあるものを見出すが、
芸術家は、そこにないものを作る。

画家は、人々を上下さかさまに描くことができる。
なぜなら、画家は重力の法則にこたえる必要がないから。

画家は、出入り口を人よりも小さく作ることができる。昼の空を黒くすることができる。飛べない鳥を作ることができる。走れない犬を作ることができる。

なぜなら、彼は画家だから。画家は、青く見たものを赤く塗ることができる。


偉大な建築家は言った。


建築は存在しない

存在するのは建築の作品だけであり

建築とは心の中にある。