君が代 | ライジング・サン(甦る日本)

君が代

                          「君が代」


                     君が代は  千代に八千代に


                     さざれ石の  巌となりて


                     苔のむすまで



                         「君が代」 原歌(もとうた)


                     わが君は  千代にましませ


                     さざれ石の  いはほとなりて


                     苔のむすまで



                  

                          (訳)


                 私の敬愛する人よ、千年も先まで、

                 小さな石が巨岩となって、さらにその表面を

                 苔が覆うようになるまでの永い歳月を、

                 どうか息災でいてください




昨日、天皇陛下即位20周年をお祝いする国民祭典が行われました。 昭和天皇が崩御された時、私は20歳で都内表参道で働いておりましたが、まだ若かりし頃でもあり、天皇の存在の意味や天皇の日本と世界に対しての重要性をはっきり認識していませんでした。 ただ小、中、高と学校では普通に国旗も掲揚していましたし、事あるごとに国歌斉唱もしていたので、私にとっては非常に心の奥に響くなんとも言い表せないものであったことは確かです。 一時期、アメリカやアメリカ国歌が若い頃の私にとっては、意味もなくカッコいいというだけで好きでしたが、いろいろな社会経験や世界情勢、国内情勢を年を重ねながら確信したことは、やはり私は日本人であり日本国や国歌を愛するべきだという事です。

この君が代という歌は延喜5(905)年、醍醐天皇の勅命で撰進された「古今和歌集」に原歌(もとうた)がある。

古代から人々に愛され、江戸時代には広範囲の一般庶民が自分の敬愛する人の長寿を祈る歌だったらしい。

すなわち「君」というのは天皇だけに限定される意味ではないという事である。

そして明治になって国歌として決められた。  我々大人が普段この歌を聴く機会というのは、オリンピックの表彰式であったり、スポーツ試合の開始前などであろう。  

私は国歌が始まる前奏から終わりに至るまで、なんとも表現できない感覚におそわれる。  そして流れるような曲調と、ずっしり重みのある伴奏にこの君が代の詩がからまり、日本人としての清らかさと和を以て国家、国民の平和と成長を願う気持ちが心の奥に湧いてくるのである。

国歌ということで なにやら天皇崇拝カルトのような間違ったとらえ方をする1部の日本人もいるが、そういうことではなく天皇も含めて全日本国民と日本国が末永く平和に暮らせるための歌だと思っています。

みなさんも時にはこの君が代の詩をながめ、意味をかみしめ理解してほしいと思います。



また即位20周年を迎えた天皇陛下は、戦争の歴史が忘れられつつある日本の現実に対し懸念を示しました。

天皇陛下は今月6日の記者会見で、「歴史が次第に忘れ去られていくのではないか、という点が心配だ。歴史的な事実について十分な認識を持ち、それを土台にして、未来に向かう準備を進めることが重要だ」と。

現在アフガニスタンをはじめ、世界の至る所で戦争や紛争が絶えまなく続いています。  ほとんどはアメリカ帝国が関与しているものであり、戦争をし、破壊して人を殺さなければ国家運営ができないのです。 お粗末な末期症状のアメリカの戦略のために世界が苦しめられているのです。

日本は第2次大戦でアメリカの戦略にまんまと騙されて、アメリカのエージェントとして動いていた当時の大日本帝国海軍 米内と山本五十六のせいで真珠湾攻撃をやるはめになったのです。 その結果の敗戦です。

来年にはアメリカの経済が破綻、崩壊するだろう。 現在の世界覇権国の最後のあがきでアジアで突拍子もない事をやらかすかも知れない。  しかし日本は2度と騙されてはいけない。 戦争はしてはいけないのだ。

君が代がそれを語っている。











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