子供の頃から母親の虐待を受けて
辛い思いをし、
苦しかったので、一旦母親と交流を断絶した。
そんな時期が6年続いた。
その感、
自分の傷を癒すプログラムを自分なりに実行していた。
そして、
どうしたら脳はハッピィになれるかという本にも
妙にひきつけられ、よく読んだし、
風水生活を実行して、
悪口を言わない、愚痴を言わないを出来るだけ意識した。
そしたら、ある日、
”あれっわたし、母親に対するわだかまりは何もないかも”
と思ったときがあった。
大抵、
虐待をする親も子供の頃、虐待されたか、
何かしらのトラウマがあると教会の牧師さんに聞いた。
それを探ったら、
母親の子供の頃、自分の父親が自宅で自殺をしていたそうだ。
それに、母親の兄弟はほんとうに成績もよく頭がいい人がいる一方で、
母親は残念ながら、あまりIQが高くなかった。
母親は、辛いことがあっても、
暗く落ち込むタイプではない。
そのかわり、本人は悪気がないけど、
周りに毒をまく。
その毒まきとトラウマ解消の対象にされたのはわたしだった。
わたしは子供だからそのことが判らない。
だって、母親だって無意識にやってしまっていたのだから。
恐らく母親は自分は辛いという意識することさえできなった。
でも 無意識の部分では 辛い。
それで わたしに当たった。
姉にはなぜか当たらなかった。
なぜだろう。
それは、無意識に わたしの方が強い と思ったからだと思う。
耐えられると思ったからだ。
事実、背が低くて 少し太り気味で 容姿も普通だった姉が、
自分に似合うと思って洋服を着ても、
”似合わないけど、とっても似合わないって言えない”
と言っていた。
わたしには、
”あらっそれ、センス悪い”って平気でいうのは、
もともとわたしは 背も高く、子供の頃から美人だといわれて、
ほんとうは姉よりセンスもいいし、
はっきりものを言う強い性格だった。
だから、言ったのだ。
そんなことが 大人になっていろいろ判ってきた。
母親も辛かったと思う。
だけど、辛いとメソメソ泣けないタイプじゃないのだ。
でも、どこかで 自分の父親の自殺や、
自分が不出来で無力だったことで嘆きたい、
それを ”無意識”に わたしに当たることで解消していた。
母親はわたしを虐待していたなどとは、
全く 思っていないし、気づいていない。
母親も辛かったと思う。
けど、大きい声でワンワン泣ける性格ではないのだ。
強がっている訳ではなく、それが 生来備わった自己防衛の性格なのだ。
そして、自分で安心する。
無意識にいいように、いいように考えようとする。
それで、自分を守っていたのだ。
母親の辛い”無意識”の部分がわかるようになって、
母親を今度は 甘やかしてやろうと、思っている。
少し前までは、
ハワイに行きたいといっていたので、
連れて行ってやると ハワイ貯金をしようとしたら、
海外旅行は言葉が通じないので楽しくないのだそうだ。
でも、京都には行きたいというので、
早く連れていかないといけないと思っている。
母親と断絶していたせいで、
父親とも長い間話してなかった。
冥土に行ったときに、
父親に話すネタがたくさんできるようにしてあげたいと思う。