紫外線を反射するキチョウ | 構造色事始

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構造色の面白さをお伝えします。

私たちの身近にいるキチョウ。このキチョウが紫外線を反射し、しかも、紫外線だけを反射する特別な構造を持っていると聞くと驚かれる方もいるかもしれません。そんな研究が1972年にアメリカのジラーデラ博士らによってなされました。

まず、キチョウの写真からお見せします。

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最近、本州から南西諸島に生息するキチョウと、南西諸島に生息するキチョウは別種であるという研究がなされ、前者をキタキチョウ、後者を単なるキチョウと呼ぶようになりました。しかし、外見上ほとんど見分けがつかないので、ここでは単にキチョウと書いておきます。

さて、このキチョウ、紫外線のもとで見るとどうなるでしょう。

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ちょっとピントが合っていないのですが、左は♂、右は♀です。人の目には共に黄色であまり差がないのですが、紫外線で見ると、こんなにはっきりとした違いがあります。前翅だけが光っているように見えますが、光の当て方でいろいろと変化します。

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縁にある黒い模様を除いてほぼ翅全面で光っていることが分かります。この撮影には、NIKON D70にUV Nikkor 105mmレンズを用い、それに、U-330とBG40というフィルターを入れて撮影しました。また、照明にはブラックライトを用いました。

このような現象はキチョウに限らず、キチョウの仲間はだいたい同じように♂が紫外線を反射します。

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上の写真はスジボソヤマキチョウというチョウですが、やはり♂は紫外線で光ります。方向によって光る場所がやや異なりますが、不思議と前方から照明を当てるとあまり光らず、手前から照明を当てると光っています。

さて、ジラーデラ博士らはリサキチョウ(Eurema lisa)という中米から北米南部に分布するキチョウを使って実験をしました。紫外線を当てた時の光り方は、日本にいるキチョウ(Eurema mandarina)と同じような結果でした。彼女らはさらに電子顕微鏡を用いて、光る鱗粉の構造を調べてみました。その結果を模式図でお見せします。

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(H. Ghiradella et al. (1972)による)

これは鱗粉の断面を拡大したもので、スケールバーは0.5ミクロンです。鱗粉には長軸に沿ってリッジと呼ばれるたくさんの筋がありますが、この模式図ではそのうち3本が見えています。それぞれの筋はまるでクリスマスツリーのようなひだのある構造として見えています。

このような構造が本当に紫外線を反射しているかどうか、ジラーデラ博士らは♂の翅に光を当てて反射する光を調べてみました。すると、翅の傾きが20度のときに波長348ナノメートルの光を反射し、傾きを変えると反射する光の波長はだんだん短くなることが分かりました。348ナノメートルは紫外線の領域に当たります。この結果は、クチクラという鱗粉を作っている物質が厚さ53.5ナノメートル、空気層が厚さ33.2ナノメートルで交互に並んでいるとした多層膜のモデルでうまく説明できることを分かりました。

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さて、ジラーデラ博士らのモデルは上図a)のAに相当します。光がひだの中を通過すると、ひだをつくるクチクラと空気の層を交互に通過して、それぞれの層で反射した光が干渉しあって特定の波長の光を反射するのです。このような構造を多層膜といいます。つまり、キチョウは多層膜構造が紫外線を反射していることになります。

彼女らの研究の後、キチョウのミクロな構造についての研究はあまり進んでいません。しかし、この構造には、まだいろいろと不思議なところがあります。例えば、上図a)のAのような多層膜以外にも、Bのように反射した光がひだの中を通らないで干渉する回折格子の効果があります。多層膜と回折格子では、反射する光の方向や波長が異なります。

さらに、クリスマスツリーの中心にある穴の効果です。これは、右図b)のように、中心部分を通る光Dと周辺を通る光Cで、層が繰り返しの半分だけ縦にずれたような構造として見えなくもありません。このような構造があると、反射した光は互いに打ち消し合うので、正反射を打ち消す構造だともいえます。実際、スジボソヤマキチョウの場合は、前から照明した時に暗くなっていましたが、その効果のためなのかもしれません。

また、キチョウの鱗粉の下部には細長いラグビーボールのような構造がたくさんついています。この中には黄色の色素が入っていて、ラグビーボールのような構造は効果的に色を出すのに役立っているといわれていますが、確証はありません。このように身近にいるキチョウですが、色を出す構造としてはまだまだ謎が残っています。(SK)

【参考文献】
H. Ghiradella et al., Science 178, 1214 (1972).

構造色研究会のホームページ:http://mph.fbs.osaka-u.ac.jp/~ssc/