パンジーの花びらに隠された秘密 | 構造色事始

構造色事始

構造色の面白さをお伝えします。

パンジーは花の少ない秋から春にかけて咲く、よく知られた園芸用の花です。そんなパンジーの花びらに意外な秘密が隠されていました。

イメージ 1

イメージ 3

イメージ 4

花びらの表面に、色を鮮やかにする仕組みがあると報告したのは、物理学者のエクスナー親子で、1910年のことでした。花びらの表面に円錐状の突起がたくさんあることを見つけたからです。

イメージ 5
(F. Exner and S. Exner, Sitz. ber. Akad. Wiss. Wien. Math.-naturw. Kl. Abt.1, 119, 191 (1910)より転載)

この図の左側の写真は原文の図ですが、幅の異なる円錐状の突起が並んでいる様子が描かれています。原文はドイツ語で読めなかったのですが、その後、この論文はモスアイ構造を見つけたベルンハルトらによって紹介されました。

それによると、パンジーやバラの花びらの表面には突起が並んでいるそうです。パンジーの突起は高さ35ミクロンほどで、上右図のように、光がその突起の表面に当たると、屈折して中に入り、反射しながら、最終的にはタペータムという反射板で反射されるということです。突起の内部には色素が入っているので、突起がない場合に比べて光が進む距離が格段に増えて、その色の補色が吸収されやすくなり、色が強くなるというものです。また、表面で反射される白色光も何度か反射されるうちに弱くなり、白色の背景光が減ることによっても、コントラストが上がると考えられています。

この話は私もよく知っていたので、構造が色のコントラストを上げるのに役立っている例としてよく引き合いにだしていました。今回、実際に、上から3番目の写真のパンジーを使って、その突起を調べてみました。

イメージ 6

花びらを実体顕微鏡で拡大した写真がこの図です。全体に表面はぶつぶつとした感じで、特に、濃い色の部分には点々と構造があることが分かります。

イメージ 7

その部分を拡大してみました。円錐状の構造がたくさん並んでいることが分かります。

イメージ 8

厚さ0.1mmの切片を作り、顕微鏡で拡大した写真がこれです(20x対物鏡使用)。花びらの内部は黄色に色づいていますが、突起の部分はほとんど透明に見えます。測ってみると、突起の高さは高いもので45ミクロン程度であることが分かりました。

イメージ 9

濃い色の部分にも突起がありますが、この場合は突起がはっきりと色づいていることが分かります。おそらく、黄色の部分も少し色が付いているのでしょう。タペータムと呼ばれる構造の存在は分かりませんでした。

この突起が、本当に色をくっきりとさせるのに役立っているのかどうかを調べるために、花びらを水に浸けてみました。エクスナーの論文によると、突起の内部の屈折率は1.35、細胞壁は1.5なので、屈折率1.33の水に浸けると、屈折率差が小さくなり、反射や屈折が起きにくくなるからです。

イメージ 10

左側は花びらをそのまま見たところで、右側は水の中に入れたところです。この実験をするとき、パンジーの花は水をはじいて沈んでくれないので、界面活性剤として台所用洗剤を少し混ぜています。少し色がくすんだような気がしますが、色自体はほとんど変わりません。あまり定量的な実験ではないのですが、突起は色にそれほど関係していないのかもしれません。生物の先生に写真を送ったところ、撥水のためではないかというサジェスチョンをいただいたので、花びらの上に水滴を載せてみました。

イメージ 2

水滴は丸くなり、見事な撥水効果を示します。花びらに載せた水滴はこのまま転がって落ちていきました。突起のあるのは花びらの表面だけで、裏面は細かい凸凹があるだけです。裏面も撥水効果は認められましたが、水滴を取り除いた後は濡れたように水が付着していました。

どうやら突起は撥水効果には大いに役立っているようです。今日は雨ですが、こんな雨の中でもパンジーの花は咲いています。雨の中で咲く花の花びらには表面にこんな突起があって、撥水に役立てているのかもしれません。突起が色を濃くするという昔の論文については、もう少し定量的な検討が必要だと思いました。

【感想】
この実験をするため、パンジーの株をいくつか買ってきました。生物の先生の助けを借り、初めて切片を作り、顕微鏡で突起が見えたときには感激しました。やはりやってみるものですね。液体に浸けたら色が薄くなると思って実験をしたのですが、ほとんど変わらず、むしろ驚きました。やはり、撥水作用が突起の主な役割なのでしょうか。(SK)

【参考文献】
F. Exner and S. Exner, Sitz. ber. Akad. Wiss. Wien. Math.-naturw. Kl. Abt.1, 119, 191 (1910)
C. G. Bernhard et al., Quart. Rev. Biophys. 1, 89 (1968).

構造色研究会のホームページ:http://mph.fbs.osaka-u.ac.jp/~ssc/