トンボの翅表面のナノ構造 | 構造色事始

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構造色の面白さをお伝えします。

先日、セミの翅にモスアイ構造と呼ばれる、規則正しいナノ構造があり、光の反射を防ぎ、また、撥水作用や自浄作用があることなどをお話ししました。

それでは、同じ透明な翅を持つトンボの場合はどうなのでしょう。まずはトンボの写真をいくつかお見せします。

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写真上から、ギンヤンマ、オナガサナエ、それに、下二つは、フタスジサナエというトンボです。確かにセミの翅と同じように透明に見えます。しかし、一番下のトンボの翅はガラスのようにぴかぴかと光っています。このトンボは羽化したばかりで、最初はきらきらと光るのですが、やがて光沢は無くなってしまいます。これについては、私自身、以前から不思議に思っていました。そこで、トンボの翅について、これまでの研究をまとめてみました。

トンボの翅については2000年にゴーブらが調べていました。それによると、トンボの翅はセミの翅とは全く異なり、表面に不規則な突起がいっぱいあるということです。次の図にその模式図を示します。

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トンボの翅は厚さわずか2ミクロンほどの薄い膜なのですが、表面には上側も下側も突起がいっぱい付いています。突起の高さは0.3ミクロンほど、直径は約60ナノメータですが、太さ、高さ、間隔とも大きくばらついていて、セミの翅の場合のような規則性は全くありません。突起の下部には繊維によるネットワーク構造があって、突起同士を結び付けているようです。

昆虫の体はクチクラという堅いタンパク質を含む物質でできていて、表面から、外表皮、外原表皮、内原表皮、それに、表皮細胞という順に並んでいます。トンボの翅の場合は、突起がある部分は外表皮に、翅本体は外原表皮と内原表皮に当たり、表皮細胞はありません。驚いたことに、この外表皮はクチクラではなくて、ワックスと呼ばれる油脂成分でできているのです。従って、適当な有機溶剤に浸けるとすべて取り除くことができます。最も効果的な溶剤はクロロホルムで2時間ほど浸けると、すっかり無くなってしまうそうです。溶剤としてはベンゼンも有効で、逆に、アセトンやエタノールではほとんど溶けません。

最近の化学分析の結果、この突起は次の図のような構造になっていることが分かってきました。

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突起は三重の構造になっていて、それぞれの成分であるパルミチン酸やステアリン酸、脂肪族炭化水素は脂肪の成分です。つまり、固まった脂肪でできているようなものなのです。

この突起の部分は、羽化前後に表皮細胞から分泌されて作られ、その後、表皮細胞は細胞死をしてしまうと考えられます。従って、トンボにとって、このワックス層は一生に一度だけ作られるものなのです。羽化後、時間が経つとこの部分が少しずつ傷んでいくので、時間の経った個体の翅ほど汚れた感じになるのです。

このワックス層が何の役に立っているかは興味のあるところです。セミの翅のように、光の反射を防ぐわけでもないようです。反射防止の作用があれば100%に近い光の透過率があってもよいのですが、これまでの測定では70-80%ほどしかありません。むしろ、表面で光が散乱されるので、粉をまいたような印象を与えているようです。

現在のところ、トンボの翅表面のナノ構造は、反射防止よりはむしろ、撥水作用や自浄作用に役だっているという考えが有望になっています。つまり、突起があることにより、翅と水とが接する面積を小さくすることで、水は空気と大部分接することになるので丸くなり、翅を転がり落ちていくというわけです。特にトンボの場合は水辺で暮らし、種類によっては水中産卵するものまでいるので、撥水作用は特に重要な機能です。実際に実験をしてみると、突起のある場合と無い場合で、撥水作用に大きな差異があることが確かめられました。

【感想】
トンボの翅の表面にあるナノ構造について調べてみました。私自身はセミと同じだと思っていたので、ある意味で驚きでした。セミの場合は、突起は規則的で、また、堅いタンパク質でできているので、強固な構造だと思うのですが、トンボの場合は油脂でできているということを初めて知りました。羽化直後ではきらきら光る翅が次第に光らなくなる理由を書いた論文は見つからなかったのですが、光らなくなる理由がこのような突起生成と結びついているとすると、面白い研究テーマになりそうです。(SK) (追記:表面にこのような油脂の凸凹を作ることにより、艶消しの役割をさせているのかもしれません。トンボが日向で飛んでいるときには、艶消しがあろうが無かろうがあまり大差はないのですが、日陰で止まっているときには目立たなくする効果があるかもしれません。)

【参考文献】
S. N. Gorb et al., Arthropod Struct. Dev. 29, 129 (2000).
J. R. Hooper et al., Opt. Express 14, 4891 (2006).
Y.-L. Wan et al., J. Bionic Eng. Suppl. 40 (2008).
E. P. Ivanova et al., PLoS One 8, e67893 (2013).

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