まあ、言うたところで

「でも、結局お金がないと生活できないし」

ってなるじゃないですか。



内側の自分だとか

分離だとか

現状の外側だとか

波動だとか

金運UPのホニャララとか

メンタルブロック解除とか

ハイヤーセルフだとか……。



うーん……。



そういうものに興味がないわけでもないけど

でも、それは「今は」さておき。



今月末にあれを支払わなきゃだし

そういえば子どものあれも買わなきゃだし

そうそう、病院にも行かなきゃだし……。



あれこれ思うことはあったとしても

「もう少し余裕ができてから考えよう」

「そういうことは、余裕がある人が言えるんだよ」

ってことで、「一旦」横に置いて。



明日の朝食用の卵、あったかなー

って、そっちのほうが重要だったりもするじゃん。



でね。

そこ、私も考えたんですよ。



もちろん、お金がなければ生活できない。

それは本当。



「だから、自分の内側のことは

お金に余裕ができてからやること」

で、それでいいのかなって。



芸能人とかも

売れてゴリゴリお金を稼ぐようになった人が

全員、幸せに満ちあふれているわけでもなくて

いろいろあったりするじゃん?



あと、稼ぐだけ稼いだあとに

どスピになっていく人とかもいるじゃん?

それを「おかしくなった」とも言う人いるよね。



この業界でも

何年か前までは

「効率! お金!」

の権化みたいだった方が、

気づけば「みんなで幸せになろう!」

みたいなコミュニティーをやっていたりもするじゃん?



業界屈指!みたいなすごい人ほど

神社によく行ってたりもするじゃん?



何十億、何百億と稼いだ人が

最終的に

「お金じゃないんだ! 愛なんだ!」

と言い出したりするじゃん?



で、

デカい数珠とかたくさんつけてたりするじゃん?



でも、そういうのを見ても

「稼いだから言えるんでしょ?」

「時間の自由があって、暇だから神社とか行けるんじゃん」

「ビジネスで成功したから、

 人が集まってコミュニティーもできるんでしょ?」

「その数珠だって高いじゃん?お金あるから買えるんだし」

って思うじゃん?



え? 思わない?

あれ? 思わない??



私は……そう思ったんだけどさw





だから私の中にはずっと

「そういうの、胡散臭いよね」

と思う私はいたんですよ。



でも、そこをもう少し考えてみたの。



どう考えてみたか。



例えばさ?反対にさ?

稼いでも稼いでも、まだまだお金を追って

どんどんビジネスを拡大して

死ぬまで走り続ける人もいるじゃん。



で、

「宇宙のエネルギーとかアホじゃん」

「波動とか胡散臭い」

「あいつら、すぐ量子力学とか言い出すよねw」

「愛とかアホらし! 金だよね、金!」

みたいなさ。



そっち側の人も、もちろんいるじゃん?

いるよね。



じゃあ、そういう人たちのほうが

豊かで幸せそうなのかなー?

と眺めてみたらさ。



私、それもすごく興味があったので

そういう方ともZOOMで呑み会してみたのよ。



そしたらさ。

もうね。

そのあと、すごく頭が痛くなっちゃって。



なんか、身体にかかる重力そのものが

重たくなったような感じで

(比喩的な表現ではなく、体感で)

その後、2日くらい体調が戻らなかったんですよ。




だってなんかもう

全部口から出る音が「愚痴や文句」もしくは

「なんで周りはもっとこうじゃないんだ!」

の他責しかないんだもん…

しかもお金も無いし。

(だから外呑みではなくZOOM呑みになったんだし)




その時に、あー、私

目に見えないものや

人の内側にあるものを全部否定して

「金と効率だけが現実だ」

とする世界にも

そのまま居たいわけじゃないんだなーと思ったの。

というか、めちゃしんどいなと。



私、

「お金の匂いには敏感だ」

と自負してるんだけど

その私の感覚で、その人から

「お金」の気配もまったくしないのよ。



お金の話はたくさんしているのに

あるのは、お金を追いかけている感じだけで

豊かさの気配がしない。



私が「お金」だったら絶対

この人の周りにはいたくないなーとも思ったし。



「虫よけスプレー」みたいに

「お金よけスプレー」シュッシュされたような

そのくらい匂いが違う感じするんですよね。




で、考えたんですよね。

なんだろうなって。

うーん……うーん……って考えてみたんだけど。



結局、私、その辺りに関しては

どっちでもいいんだなと思って。



スピでも科学でも

目に見えるものだけを信じても

目に見えないものを信じても

なんでもいい。



「宇宙はある」

「波動はない」

みたいな決着をつけたいわけでもない。



誰が何をどう選んでいても

それを否定も肯定もしないんだけど。



ただ、「私」はこうした色々ある世界の中で

何を採用したいのか?



と考えたときに

「で? それで現実はどう動くの??」

というところに

私は一番興味があるんだろうなと。



それこそ

「宇宙や波動」とかのあれこれは

「ある」とか「ない」とかではなく

話としてはオモシロイなーって思うんですよ。



でも、それを知ったり学んだりしたところで

私の人生や現実が

大きく変わる気はあまりしなくて。



だって、私が知ろうが知るまいが

太陽は東から昇るし

星は光るし

波動は目に見えないし。



宇宙の仕組みが何であったとしても

今日の私がどうすればいいかを

宇宙が代わりにしてくれるわけではないじゃん?



「知識」や「好奇心」としてはオモシロイけど

それを学んだ3年後の私と

学ばなかった3年後の私とで

私自身の幸福度ということは

人生にそんなに大きな差はない気がしたのね。



どスピリチュアルな話もさ。

ほんと、聞くのは好きだし

視える系の人に視てもらうのも好きだし

オーラの色がーとか

前世はこうでーとか

ソウルメイトがーとかも

教えてもらうのはワクワクしちゃう。



ワクワクしちゃうんだけれども

そこを極めたとしても、私は

「宇宙にお任せで生きていきたい」

わけでもないんだよなと。



どうせ宇宙ですべて決まっているとしても

それなら私にはどうにもできないし

「どうにもできない」と思うことすら

「それも宇宙に決められている」

とかなのかもしれないけど

じゃあ、それを採用した場合、

どうにもできないにもほどがあるじゃん。



自分ではどうにもできないことを

どれだけ学んだり信じたりしても

それによって私が

自分の人生を選べるようになるわけではないなら

別にどうでもいっかー、

みたいな。



で、じゃあ

「自分次第」で変えられる部分って

どこにあるんだろう?



学んだり、探求したり

いろいろ経験したりすることで

私次第で「変えられる」のはどこかな。



そして、それを伝えることで

自分だけでなく、誰かの現実にも変化が起きて

「苦しかったのが楽になりました」とか

「しんどかったのが嘘みたいです」とか

「あのままの自分じゃなくてよかったです」

と動きやすいのはどこかな。



そんなふうに

自分の人生の見え方や

選べるものが変わっていくために

私にできることは何があるんだろう?



その変化を

「自分ではない何かに委ねて待つ」

「宇宙に投げてあとは待つ」

とかのお任せ系ではなくて、



自分なりに螺旋階段を上っていくように

「あー、あのときの私と今とでは

こんなふうに見え方が違うんだな」

と体感しながら、



自分の人生を自分で選んで

自分で感じて

自分で選択の幅を広げていくには

何に気づければいいんだろう?



そうやって探していく中で

私なりに「これかな」となったのが

「人の痛み」なんですね。



人って

自分で選んでいるつもりでも

実はそれほど自由に選べていない。



嫌われたと感じる痛みを避けるために

相手に合わせる。


価値がないと感じる痛みを避けるために

頑張り続ける。


傷つく痛みを避けるために

期待する前に諦める。


失う怖さを感じないために

お金を握りしめる。


自分で選んでいるように見えて

実はずっと、幼少期に自分が感じた

「痛みを避けられるほう」

を選び続けていたりする。


これは誰にでもあるんですね。

自分が生きていくために必ずある部分。



でも、自分が何を怖がり

何を避けるためにそれを選んでいるのかに

気づかないままだと

いつまでも同じ選び方しか見えない。



収入が増えても

環境を変えても

付き合う人が変わっても

また同じところで苦しくなったり

「結局、いつもこうなる」

を繰り返したりする。



反対に

「ああ、私はこれが怖かったから

こうするしかなかったんだ」

「これが怖いから避ける世界にいたんだ」

と気づけたときに、初めて

「でも、今も本当に

これしか選べないんだろうか?」

という、新しい選択肢が見えてくる。



選び方が変われば

行動が変わる。


人との関わり方が変わる。

お金との関わり方も変わる。

そして、その先に起きる現実も変わっていく。



私が知りたかった

「で? それで現実はどう動くの??」

の「自分で動かせる部分」はそこなんだなと。




ということで

スピでもアンチスピでもなくて

私はほんと、世界観も手法もジャンルも

そういうジャンルはほんと、どれでも良いようで。


スピで動くならスピも使うし

スピで響かない人には使わないし。

それはほんとどーーーでもよくて。



宇宙だからでも科学だからでもなく

「あなた」の内側に必ずある

「あなたの中にある世界はどんな世界なんだろう?」



そこをギュッと掴んで覗いていく。




最近はそんなセッションしてます♪

楽しい(*´艸`*)