6月17日生まれ 原節子
1920年の本日、6月17日は女優の原節子さんがお生まれになった日です。
原さんは、戦前戦後の日本映画で活躍した女優さんで、
小津安二郎監督作品『東京物語』などで知られる方です。
165cmと当時としてはかなりの高身長に、彫りの深い顔立ちで美人女優として有名でした。40代で引退したあとは一切表に出てこず、生涯独身を貫いたところもほとんどの女性が結婚していた当時としては希な存在だったかもしれません。
原節子さんの命式を見て見ました。
原節子 1920年6月17日生まれ
干支 蔵干 通変星 12運
年 庚申 壬 偏財 偏官 病
月 壬午 己 偏官 傷官 帝旺
日 丙午 己 傷官 帝旺
「丙午」の方ですね。
「真夏の太陽」です。
明るく華やかでエネルギッシュな人ですね。
昔は「丙午年生まれの女性は気性が激しく、夫の命を縮める」という迷信がまことしやかに流布されていた時代がありました。
そのため、昔は、丙午年に女子が生まれると、出生届をずらして出したため、丙午年の出生率が下がっています。
昔は家族のなかの強い命式をもった者(多くは母だったり、妻だったり)が他の家族を尅すとかいう迷信もあったようで、よく中国ドラマなどで、皇后様の命式が強すぎでお世継ぎを尅すとかいう設定がでてきたりします。
それほど「丙午」はエネルギッシュで強い干支の組み合わせということでしょう。
「丙午」の人は、とても強い直感力、集中力をもっており、華やかでおおらかな人柄の人です。
彼女は中気なので「傷官」が出ていますが、本来は「午」は五行が「火」になるので「比劫星」になります。
「比劫星」は自我の星であるため、「丙午」の人は自我が強い性格をもっています。
彼女は、引退したあと一切公の場に姿を見せなかったようです。彼女なりの美学があって、ファンの人々に、美しい盛りのころの自分を覚えていてほしいという気持ちがあったのでしょうか?
かなり強い個性の持ち主だったのでしょう。
四柱推命には「火土同根」という考え方がありそのため、本来は「丙丁」であるはずの「午」から出る蔵干が「丙己丁」と中気に「己(つちのと)」が入ります。
そのため、彼女の命式では日支と月支の蔵干通変星が「傷官」になります。
「傷官」の人は、頭脳明晰で、美意識が高く芸術的な感性をもっています。
アウトプットの星なので、自分の才能を発信することで開運します。
また「傷官美人」といって美人が多いのも特徴です。
また、「傷官」は「正官」を激しく尅すことからその名が来ており、夫を意味する「正官」を尅す為、結婚せず独身の人が多いともいわれます。
美人女優と言われる人に「傷官」を命式にもっている人が多いです。
宝塚歌劇団の星組トップ娘役舞空瞳さんと、
雪組トップ娘役夢白あやさんも、日の干支が「丙午」の方です。
お二人ともとても華やかな雰囲気をもっていらっしゃいます。宝塚では、あまりトップ娘役さんがお一人で舞台上でパフォーマンスすることはありませんが、この方々なら、そういった演出も映えるのではないかと思います。
トップ娘役さんは、娘役を引き連れてパフォーマンスすることはよくありますが、なにせ、真ん中がお似合いになられる方です。
トップ娘役に限らず、男役よりむしろ娘役の方が強いといわれるのが「宝塚あるある」なのですが、実際四柱推命の命式では、トップスターさんは、意外と陰日生まれの方が多く、トップ娘役さんは陽日生まれの方が多いです。
退団された花組の星風まどかさんを含めトップ娘役は全員が陽日生まれでした。トップスターさんは、3人が陰日生まれです。
陽日生まれがいいとか、陰日生まれが悪いとかいう問題ではなく、個性の問題です。陽日生まれは男性的、能動的、積極的、陰日生まれは、女性的、受動的、消極的といわれますが、当然、女性にも陽日生まれの方は沢山いらっしゃいますし、男性にも陰日生まれの方は沢山いらっしゃいます。ご主人が陰日生まれで奥様が陽日生まれというカップルも・・・
自分の星の個性を知って、それを生かす生き方をすることが大切です。