いつのまにか、日々は巡って、初夏になっていました。皆様ゴールデンウィークはいかがお過ごしでしたか?


私は高校時代の友人と会ったり、娘とお出かけをしたりしていました。

久しぶりに会った高校時代の友人に、「最近、自分に残された時間について考えるようになったよ。そうしたらね、会いたい人にはちゃんと会っておかないとと思って、連絡したのよ」と言われました。

うん。本当にそう。だんだん、自分の「残りの時間」を考えるようになってきました。


さて。


ゴールデンウィーク中に、牛田さんのweb連載「音の記憶を訪う」も更新されました照れ


今年2月から始まった連載も、もう第4回となります。毎月読めるなんて、幸せです。



こちらの連載、牛田さんの音楽への想い、思想を窺うことのできる、貴重な記事となっています。


今回は調律そしてシューベルトの音楽と「感情」についてです。


この中で、牛田さんが、シューベルトの音楽と近いものとして今読んでいる本を紹介してくださっていました。

横光利一の「春は馬車に乗って」


ほほう。と読んでみました。


とても短い短編です。電子版ですと、青空文庫にも入っていました。(写真は青空文庫ではありません)




こちらの本については、牛田さん、サラマンカホールのインタビューでも言及されていました。

「いつの時代も変わらない『愛』というものに対しての本質を感じさせてくれる作品」とのことでした。


さて、この本。肺病になった妻を看病する主人公の視点で書かれているのですが、描画がとても美しいです。


そして、作者の実体験に基づいているだけあって、赤裸々な描写が続きます。


冒頭、部屋で妻が

「あの松の葉がこの頃それは綺麗に光るのよ」と言えば

夫は

「お前は松の木を見ていたんだな」

「俺は亀を見てたんだ」

と言うのです。


もうこれだけで、妻は何日も何日も部屋で横になって窓から空の方を見ていて

夫は今部屋で座って、妻よりもずっと高い目線で

庭の池の亀を見ていることがわかります。


同じ部屋にいながら、全く立場が違い、全く見ているものが違う。

そして、夫は亀も松の木も見ることは簡単で、

妻は何日も何日も起き上がる事が難しい以上、視界は限られていて亀を見ることが出来ない。そして、夫はそのことに気がついていないように感じられる。


わずかな文章に、同じ部屋にいても、視線が違うことで見ている風景が全く違う、妻は動くことが出来ない、という残酷な一面を鮮やかに描き出していて、とても美しいのです。


そしてすぐに妻が

「あたし、はやくよくなって、シャッシャッと井戸で洗濯がしたくってならないの」というのも、

病である程度以上長く寝ている妻の、そしてまだ、回復の希望を待っている妻の、実にリアルな願いと感じられました。



寝ているとね、どこかに行きたいとか、

何か食べたいの前に


元気であったころの日常でやっていた事こそ望むのですよね。


そして物語は、死へと向かって進んでいきます。


楽しいだけではない、むしろ苦味を感じる中に

確かに「愛」があり

残酷であり、とても美しい物語が

一文字として無駄のない、文芸とはまさにとこれと思われる、繊細で美しい文章で綴られていました。



晩年のシューベルトの音楽と、確かにどこか似ていると感じます。

若い年齢で見つめる「死」という、意味でも。

シューベルトについては、良かったらこちらの記事も。




牛田さん、7月にはサラマンカホール、京都コンサートホールでシューベルトを弾かれます。


私は6月末に、またちょいと入院をする事になりました。


大腸ポリープの内視鏡検査&手術です。

前回切っていただいたモノが病理検査で育つと癌になるかな?なモノだったらしく、また検査をして、ポリープがあればその場で切ることになりました。


今回は変なのがいない事を祈りつつ

無事にちょちょいと手術が終わって

無事に退院できて

約1週間後の

7月にサラマンカホールと京都コンサートホールに


いやいや、それどころか、

手術終わって退院してすぐの、

「もちの木ホール」の室内楽にも行けますように!


私のアレルギーのせいで普通の検査が出来ないため2日絶食の上での検査となります。

前回も終わって帰宅するとフラフラでした。

でも、退院で1日休んだら、翌日は仕事です。


せめて入院中は、大好きな本を読みながら、ゆっくり休んでこようと思っています。




最後に、

工事の音と振動がすごくて

最近ちょっと不機嫌なむぎさん。


この写真も、ちょっとムッとしていますね。。


戸棚に入り込んだり、毛布の下や段ボールに入り込んだりして過ごすことが多くなっている、むぎさんです。


むぎ、なんとか無事に、2年に及ぶ工事をやり過ごせますように。