今日は憲法記念日です。憲法施行から68年目を迎えました。

安倍総理は憲法改正を実現するために、集団的自衛権を「政府方針」に明記する意向を固めるなど、GW明け後の国会終盤へ向けて動き出しました。

同時に、その動きを牽制するため「何 がなんでも憲法改正はまかりならん」という護憲の声も高まってきています。

なぜ憲法改正がいけないのでしょうか?
何があっても改正してはならないという人は、憲法条文そのものを目的化してしまっているように思えます。目的とは目指すべき場所であって、そこに たどり着くために通り過ぎる道標(=目標)と混合してはいけません。

憲法の目的は、日本国憲法の基本原理である「国民主権」、「基本的人権の尊重」、「平和主義」なのです。

たとえば、憲法9条が定める「戦争の放棄」や「戦力の不保持」、「交戦権の否認」。これらは、制定当時には、平和主義という目的を達成するために最良といえる目標だったかもしれません。しかしながら、施行から約70年もの年月が経ち、日本国を取り巻く状況は激変しました。米ソ冷戦によって二分化されていた世界から新興国の 台頭で多極化する世界へ移行し、アメリカに頼っているだけでは平和を維持することが難しい状況になっているので。日本がいくら戦争の放棄等を謳っても、中国等の軍備増強にはまったく歯止めをかけることはできません。それにもかかわらず、9条を変えることは何があってもダメだというのは、9条そのものを目的化してしまっているからでしょう。

しかし、目的はあくまでも「平和主義」であり、9条はそのための一つの道標に過ぎないのですから、9条を通るルートで「平和主義」に到達することが難しい状況になったらならば、新たな道標の設定(=9条の改正)が必要なのです。

憲法改正を何がなんでも認めないというのは、最初に決めた登山ルートが崖崩れなどで通行が困難になったにもかかわらず、別のルートを探すのを頑なに拒否し、そのまま登山を強行するようなものであり、 全くもって不合理です。

施行されてから68 年間も憲法を一度も改正していない民主主義国家は日本だけです。
因みに、以前の憲法は1890年11月29日 に施行された大日本帝国憲法ですが、こちらも一度も改正されませんでした。日本人は、憲法を手にしてから120年以上、一度も憲法を改正したことがないのです(大日本帝国憲法から日本国憲法への移行を除く)。一度決めたものを変えないというのは日本人の美徳でもありますが、それが目的を達成するために最良とはいえなくなったときには、目標を変えなくてはなりません。

大切なことは、本当に必要ならば改正するということを前提 に、日本国民全員が憲法について議論していくことです。何のための憲法か、その目的は何か、現状はその目的にたどり着くための最良の目標を定めたものといえるのか…etc.

憲法記念日の今日、ぜひ皆さんにも考えて頂きたいと思います。