プチ自給自足

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人生初の田植え体験をしました。

5年前に脱サラして農家を始めた友人に誘われました。

2歳になったばかりの娘に田植えを体験させるのも悪くないなと現地入りしました。

(正直少し面倒くささを感じていましたが・・・)

 

天気は曇り。気温も半袖だと肌寒く感じる程度。

連日農作業をしている友人たちにとっては最高の天候だそうです。

(こっちはプチ体験者なのでカンカン照りを期待していました。気楽なモンです。)

 

一株ずつ一定の間隔をとりながら植えていきます。

この一株がご飯一膳くらいの収穫に発展するそうです。

農耕開始にともない定住と睡眠の確保ができるようになり、人類の脳が飛躍的に発達したこと、食物連鎖、未来予測能力の偉大さを存分に感じながら一心不乱に作業しました。

丁寧に丁寧に。

あまりの寡黙さに家族や友人から不気味がられたほどです。

 

2時間ほどの田植えのあとは、畑で草取りや、野菜の収穫。一部そのまま食べさせてもらいました。

甘みがちがう!

苺もほどよい酸味にむしろ好感が持てました。

不意に出現する虫やヘビにやや抵抗力が落ちている自分がそこにいました。

数日で慣れるとは思いますが、ショックでした。

 

作業後の飯は最高に美味い!!

目の前にある食べ物の景色は少し違って見えました。野菜もご飯も・・・

夜はぐっすり眠り、翌朝は家族そろって爽快な目覚め。月並みな表現ですが、自然のパワーをしっかり充電できたようです。

普段から身体の使い方を研究しているので筋肉痛はゼロ。そこだけは少々誇らしく感じました。笑

 

今回気づいたのは、田舎生活にもあちらこちらにハイテク(?)が導入されていたことです。

昔なつかし『汲み取り式便所』はウオシュレットに置き換わっていました。

問題トラブルが発生してもすぐにスマホで検索できる時代です。

ちなみにこの日は草笛を誰も作れず、YouTubeで検索し、無事解決しました。

 

懐かしさを感じながら、不便すぎないリアリティ。

たった半日のプチ体験で田舎暮らしや農業を語るのは不謹慎だと思いますがあえて。

テクノロジーを利用しながらの農業生活は「全然アリ!」と思いました。

昔ながらの農家の方々や、都会生活のみの農作物消費者ともにスコトーマ(盲点)があると思います。情報テクノロジーが両者をコネクトでいる可能性は高いと感じました。

 

若者が週末農家をして、プチ自給自足生活をする時代がそこまで来てる気がします。

 

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スモーキンブギ

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40本以上のタバコを50年間も吸っていた猛者が禁煙に成功し、無事に1年を迎えました。

本日外来を受診した際にこの患者さんはこう言いました。

 

「もっともっとタバコの値段を上げればいいんですよ。世の中のために。」

 

一日に100本以上のタバコを吸っていたこともある私が完全に禁煙をしたのは30歳のときです。理由は喫煙する医師は喫煙しない医師に比べて、患者に禁煙させることが難しいという報告を目にしたからです。

 

ちなみに、当院の禁煙外来における成功率は現在90%を超えています。

父や、叔父、多くの友人にも禁煙させることができました。

ある意味、私の禁煙は大成功したと言えるでしょう。

 

先日の朝日新聞の一面にセンセーショナルな記事が載っていました。

 

受動喫煙による医療費は実に年間3233億円、死者数は15000人にのぼるとのことです(厚労省)。

 

要は

あんたら喫煙者のせいで、金はかかるわ、命まで奪われるかも

しれへん!

と言っているわけです。

 

喫煙者にとってはショッキングな記事ですよね。

犯罪者になったような気持ちにさせられる記事です。

 

禁煙外来を持っている医師としてあるまじき主張をさせていただきます。

 

喫煙者をイジメすぎと違いますか?

 

日本では喫煙は合法です。

憲法13条では幸福追求権をうたっています(「公共の福祉に反しない限り」という留保はありますが・・・)。

 

権威のある精神科の論文からの抜粋です。

結論:喫煙者の方が性格が良い。

根拠:

喫煙者の方がケチではない

喫煙者の方が好奇心が強い

喫煙者の方が社交的

喫煙者の方が危険を恐れず、冒険心がある

 

そしてもう一つの論文からの抜粋です。

最も止めにくい薬物は「タバコ」と「酒」である。

手に入りやすさと、依存性の高さから覚せい剤や大麻よりも止めにくいそうです。

(注意:タバコも酒も薬物ですよ!日本では合法ですが・・・)

 

私の外来では、これらの論文のお話をした上で、

「だから人生で一度もタバコを吸わないままの人より、タバコを吸って止めた人の方が数万倍エラいし、いい人!」

と患者さんにコーチングしています。

 

最近10年間の国内での変化として

マスクをしている人が異常に増えている

とは思いませんか?

新型インフルエンザが話題になった頃からだと記憶しています。

他人の咳を気にする人が増えました。

外来でも患者さん自身が咳で苦しんでいるというより、職場での他人の目が気になるからという受診理由がすごく増えている。

(ちなみに外国の方でマスクをしている人には滅多にお目にかかりません。)

 

日本人はいつからこんなに不寛容になってしまったのでしょうか!

 

嗅覚は記憶と関連していることはわかっています。

「懐かしい匂い」を嗅ぐと、その頃の記憶が鮮明に呼び起こされる感覚を経験したことがあるでしょう。

ここからは独自の仮説です。

タバコを吸う人の方が若く見える人が多いのは、タバコを吸うことによって青春時代の記憶が呼び起こされるからなのではないでしょうか?

 

有名曲の歌詞です。

”タバコの匂いのシャツにそっと寄り添うから~”

松田聖子の『赤いスイートピー』の一節です。

”最後のキスはタバコの flavor がした ニガくて せつない香り~”

宇多田ヒカルの『First Love』の始まりの歌詞です。

プラターズの『Smoke Gets in Your Eyes (煙が目にしみる)』、ジミヘンの『紫の煙』なんてタイトルにタバコが出てきます。

 

タバコは絵になります。言葉よりも雄弁なときもあります。

『太陽にほえろ』のジーパン刑事(松田優作)の殉職シーンはタバコとともに永遠に記憶に残っています。

 

同様に税金のかかる合法薬物である酒と比して、タバコの責められ方はアンフェアではないでしょうか。

 

酒による脳や内臓へのダメージ。飲酒運転での事故。飲酒時の暴力事件及び性犯罪・・・ 

アルコール依存症の患者の悲惨な状況を医師として散々目にしてきたので、世間の酒への寛容さには不思議としか言いようがありません。

しかも酒の値段が下がり続けています。

 

とまあ喫煙を擁護するような内容をつらつらと述べましたが、やはり現代では吸わない方がいいと思います。

この肩身の狭い環境で吸うのは精神的にもよくない。

どうせならキューバのような喫煙率が男女とも90%を超えるような国で陽気に堂々と吸いましょう。

 

そして嫌煙者の方々に一言。

タバコを止める気がない人より、止めたくても止められずにいる人の方が圧倒的に多いのです。心理学的にも「押すと押し返される」ことがわかっています。

人に止めろと言われると余計止めたくなくなるものなのです。

今の流れなら、そう遠くない未来、喫煙者を見かけることはなくなるでしょう(みんな秘密の場所で吸うようになる、合法なのに)。

 

依存は病です。病人にイジメはよくない。

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努力と根性

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『正しき人は七度倒れてまた立ち上がる』

旧約聖書 箴言24章16節

 

帰省中実家での妹との会話です。

 

「渡瀬恒彦って芸能界でケンカ最強やったって話があるらしいよ。」

「石倉三郎の方が上やろ。」

「確かに石倉三郎も強そうやな。」

「ちゃうちゃう。渡瀬恒彦は早稲田大学空手部や。武道家や。稽古ばっかりしているから強いに決まってるやん。顔もキレイやろ。周りからも強いと思われてるからケンカする必要ないんよ。石倉三郎は勝率3割くらいらしい。それは負けるケンカができる人やということよ。勇気が素晴らしい」

「・・・」

 

昭和の名作漫画『あしたのジョー』のワンシーンです。

ホセ・メンドーサとの世界戦前の控室で矢吹ジョーが試合放棄を促す洋子に

「すでに半分ポンコツで勝ちめがないとしたってそういうことじゃないのさ」 

と言い残します。

果敢に世界一のメキシカンに挑戦し、真っ白な灰になるというゴールを達成します。

 

努力とは、マニュアル通りにやる積み上げ作業のことです。

渡瀬恒彦さんは空手の稽古を積み、さぞ努力したことでしょう。

空手の達人がケンカするときにチャレンジスピリットは必要ありません。

チャレンジすることをガッツ(根性)と呼びます。

だから努力と根性とは異なるものです。

石倉三郎さんは根性があったのです。

 

受験マニュアルの存在する入学試験は努力でクリアできます。

入試にチャレンジは必要ありません。

現在の大学入試のほとんどは「答え合わせ」のようなものでしょう?

「答え合わせ」的入試に落ちるのはただの準備不足です。エントリーする資格がないのに受験することをチャレンジとは呼ばないのです。

街のケンカで負ける渡瀬恒彦なんてもはや空手家ではないのです。

(ちなみに私は二浪しています・・・)

 

「答え合わせ」的試験の弊害と思える現象があります。
昭和の文豪や多くの総理大臣の母校であった東京大学出身者の迫力が近年うすれてきたような気がするのは私だけでしょうか?

知性やリーダーシップを発揮するために「答え合わせ」の上手さは不必要です。

 

偉大な先人でチャレンジしなかった人物は一人もいません。

私は、冒頭の箴言(しんげん)を、成功者は七回転んでも立ち上がるという意味ではなく、

成功するために七度倒れる必要があったのだ

と解釈しています。

 

負けるかもしれないチャレンジを積み重ねた人だけがゴールを達成できるのです。

 

私はチャレンジした石倉三郎さんを支持します。

渡瀬恒彦さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。

 
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ボーダー

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電車内でレモンチューハイの空き缶が転がっていました。最近流行りのアルコール度数9%のロング缶です。
 
私は昔から道端に落ちているゴミは拾います。
 
以前、あるTV番組でバルセロナ五輪柔道金メダリストの古賀さんが自身の道場で子供たちには、「挨拶をしっかりする」、「道端にゴミが落ちていたら拾う」ということをしっかり指導していると言っていました。
全く同感です。
『子供は父母の行為を映すである  by ハーバート・スペンサー』
先ず隗より始めよ、で、今日もロング缶を拾いました。
 
中にポチャポチャと液体が残存するチューハイ缶を手にしたまま、目的の駅へ向かうことになります。知らない乗客には私が飲んでいるように映っていることでしょう。
ようやく駅に着き、ゴミ箱を目指します。
 
ゴミ箱がない。
 
結局、一切見当たらないまま、改札口に着きました。
駅員に事情を話し、捨ててもらうよう依頼しようかと考えましたが、
(あんたが飲んだんじゃないの?)
と思われるのも嫌なので、駅の外のコンビニを探すことにしました。
 
店外にゴミ箱があるセブンイレブンがすぐに見つかり、ホッとするのも束の間。ゴミ箱にはご丁寧に
 
当店で購入したもの以外は棄てないようご協力お願いします
 
と書いてありました。
ここでこっそり棄てたら、この缶チューハイを車内で放置したオッサン(多分)と変わらない!
 
しっくりこない気持ちを抱えたまま、自宅まで持って帰り、流し場で中の液体を廃棄し、ようやくゴミ箱に。
と思いきや、ウチの家では誰も缶の飲み物を飲まないため、缶用のゴミ箱がないのです!ゴミ袋を急設し、ようやく一件落着。
 
駅のホームや街の路上からゴミ箱が撤去され出したのは、オウムの地下鉄サリン事件以来だそうです。
当時に増してテロの不安が煽られる昨今、ゴミ箱が設置されるようになるのは予想しにくい展開でしょう。
 
ところで、2016年東京都の現金の拾得物として届けられた総額は36.7億円だそうです。毎日約1000万円届けられている計算になります。
 
こんな都市は世界中に東京しかないでしょう!
 
ゴミと拾得物の境界線は一体どこにあるのでしょうか?
よく考えたら、今日拾った缶も誰かの落とし物かもしれない。実際ある種の廃品回収業者の方はせっせと缶を拾い集めています。
現金化できる貴重品ともいえます。
 
(余談ですが、友人の獣医の話です。獣医にとって、子供たちが飼っていた虫の死骸を持ってこられるのが一番困るそうです。)
 
こうなったらゴミ箱を設置してもらえるまで、拾ったものを片っ端から駅員や警察に届けてやろうかしら、と不謹慎なことを考えてしまう今日この頃です。

東京ディズニーリゾート

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「ディズニーキャラクターって要するに妖怪でしょ?ミッキーってゲゲゲの鬼太郎じゃないの?」

 

東京ディズニーシーに向かう京葉線快速「蘇我」行の車内で妻をあきれさせる一言を発してしまいました。

 

妻と子と初のディズニーシーに行ってきました!

昨日の雨が信じられないほどの絶好のディズニー日和!

 

予想に反せず、超満員。

 

おっ!いきなりミッキーマウスが入場口付近にいました。

 

写真撮影を希望する長蛇の列。テンション上がっている妻の隣で不穏な顔をしているわが子・・・ 強引にミッキーに近づけると泣いてしまいました。

 

ウチの家にはテレビがないので、子供はほとんどディズニーキャラクターを観たことがありません。

先入観を持たない子供にとっては妖怪に過ぎないのかもしれません。

節分に鬼のお面を見て泣いていたのとほぼ同じリアクションでした。

 

一方、私はというと、

「余計な先入観を消し去ろう。この世界観を目いっぱい楽しむぞ!」

と決意するも、意気込み空しく・・・ 終始、漫画の実写版を観る感覚でした。

 

ウォルトディズニーの作り上げた世界観には敬意を感じています。数知れず心から楽しんだ作品もあるし、涙したこともあります。

人間は仮想現実にリアリティを感じることができる生き物です。だから読書で泣くことができるのです。映画『仁義なき戦い』を観たあと肩で風を切って街を歩いてしまったりするのです。

アニメーションにリアリティを感じられても、実際に物理空間の中で目にすると、

「やっぱり作り物の限界やな・・・」

となってしまいます。これはディズニーに限らず。

 

余談ですが、コーチングでは

ゴール設定をする際に、ゴール側の臨場感を作り上げることが重要である

と教えます。

無意識は、『臨場感を感じる空間が現実である』と錯覚し、ゴール達成に導いてくれるのです。

 

わが子は臨場感を感じたから、泣いてしまったのです。

私は残念ながら、臨場感を十分に感じることはできませんでした。修行が足りん!

 

乳母車押しながらのハンデのもと、結局、アトラクションは『海底二万マイル』と『ディズニーシー・トランジットスチーマーライン』しか体験できませんでした。

もっと子供が楽しめる年齢になって一緒に来れば、違う楽しみ方ができるのでしょう。

 

次回は本気でコスプレしてみるか。本物なみの着ぐるみで踊ったら

ギャラリーできたりして・・・ そのときは叱られるのかしら?

 

などとバカな妄想をしている今日この頃です。

 

追記:『海底二万マイル』は正直怖かったです。

 

先月、友人が出した書籍です。応援よろしくお願いします。

https://www.amazon.co.jp/%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%BA%E3%83%8B%E3%83%BC%E3%81%AE%E3%81%99%E3%81%94%E3%81%84%E9%9B%86%E5%AE%A2-%E5%B6%8B%E7%94%B0%E4%BA%98%E5%85%8B/dp/4894517531/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1492947830&sr=1-1&keywords=%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%BA%E3%83%8B%E3%83%BC%E3%80%80%E5%B6%8B%E7%94%B0

 

 

 

テトリスとコーチング

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学生時代、ゲームが上手いだけでスターになれました(もちろん仲間内で・・・)。

腕を競い合っている友人たちを(内心羨望の念を抱きつつ)子供あつかいしていました。

負けるのが嫌いだったので、ゲームには極力手を出さないようにしていました。

 

そんな自分が人生で唯一はまりにはまったゲーム、それがテトリスです。

 

ゲーム機の上に100円玉を積み上げて、研鑽に研鑽を積みました。

努力の甲斐あって、ステージ、スコアともに打ち止めを達成しました。

一時はテトリスのことばっかり考えていた気がします。まさにテトリス中毒。

聞くところによると、一種の変性意識状態、テトリスハイと呼ばれる意識状態があるそうです。

多分当時の私もその状態の中毒になっていたのでしょう。

 

英国オックスフォード大学の臨床研究で、なんと

テトリスでPTSDを食い止めることができた

という報告が出ました。

 

もしかすると、テトリスハイがPTSD防止効果を生み出しているのかもしれません。

 

PTSD防止に強みを発揮するのがまさにコーチングです。

トラウマを消すには、時間に対する考え方を変えるのが最も効果的です(以前のブログでも書きましたが)。

 

時間は過去→現在→未来と流れているのではなく、未来→現在→過去と流れています。

 

今の自分と1時間後の自分を考えてみましょう。

今の自分の現在は1時間後の自分にとっては1時間過去ですよね。

今の自分にとっての1時間未来は1時間後の自分にとっての今ですよね。

つまり、今が過去に変化し、未来が今に変化したわけです。

1時間後の自分と2時間後の自分との関係性も同様。

未来を受け取るだけ。今はすぐに過去になり、過去はどんどん遠ざかっていくのです。

過去は一切無関係、設定済みのゴールが未来からやってくるのを受け取るだけ。

トラウマはもう来ません。設定したゴールが手に入るのを待つだけなのです。

それを可能にするのがコーチングなのです。だからPTSDに効くのです。

ゴールに向かって邁進することだけが本当に楽しめることなのです。

 

狙ったテトリミノ(テトリスの部品)同様、ゴールはいつか必ずやってきます。

但し、ゴールは達成しそうになったら、どんどん新たに設定しなおさないといけません。

ゴールを達成してしまった人生は虚無そのものです。

常に "ing" 現在進行形なのです。ダイナミックなのです。

 

テトリスでPTSDが軽快しても、ゴールを設定しなければ元の木阿弥になってしまうかもしれません。コーチングの有効性は、その後の人生全て多岐に渡っていくから素晴らしい!

 

余談ですが、テトリスでゴールを達成してしまった私は、その後一切ゲームはしなくなりました。

ゲームも良いですが、世の中にはもっと素晴らしいモノがあふれています。

ビビるほどのゴールに向かって生きるのは痛快そのものです!

 

 

 

子育てアリは不眠不休

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子育てアリは不眠不休だそうです。

研究結果を東京大学が発表しました。

人間界では『働き方改革実行計画』が賛否の波にさらされています。
当初、電通社員の過労死認定の問題や、ブラック企業の横行で残業時間の上限を厳格化する方向でした。しかし、ふたを開けてみれば、経団連の顔色をうかがった結果なのか、長時間労働を認める方向になっています。

ちなみに、医師の世界では労働基準法は適用されてきませんでした。

医師は労働者か否か?

現医師会長の見解では「医師を労働者とみなすことには違和感がある」とのことでした。
今回の改正法でも医師や運送業など一部職種の残業時間見直しは5年間保留となりました。
あくまでも個人的な見解ですが、医師は仕事が学びと直結しているため、就業時間を規制するのは無理があるのではないかと思います。
研修医を表す『レジデント』という言葉の由来は、「病院に住みつくほど熱心に学び、従事しなさい」ですから…

ところで、4月は事業所健診のシーズンです。
20代の健診受診者の問診の欄に

「最近疲れやすい」「日中眠気が強い」「肩こり」「やる気が出ない」

などの慢性疲労症候群を疑わせるような愁訴が年々増えています。
訊くと、やはり

「仕事が楽しくない」「ストレスが多い」「やらなきゃならないことが多い」

との答え。

OECD発表によると、日本の労働生産性は先進国中23位と低迷しているそうですが、さもありなん、ですね。

長時間労働の是非を問うのは何かずれている気がしませんか?

「好きなことしか職業にしてはならない」というコーチングの大原則があります。

好きな仕事をしていれば、何時間働いていても平気という状態が理想ではないでしょうか。子育てアリのように...

能動的な仕事をしているのか、受動的な仕事をしているのかに尽きます。
子供は寝食忘れてゲームに没頭します。親に叱られても。
好きだからです。
自分も中学生の頃、風呂や夕食の最中もギターを弾いていました。
好きだからです。

「そんなに嫌なら辞めて起業すれば?新規起業者の場合、ウチの区なら1000万円まで無利子で貸与してくれるよ」

と助言することもあります。事業所健診で転職を勧めるなんて不謹慎極まりないと叱られそうですが・・・

在宅診療もやっているので、24時間365日携帯電話を手放せません。けれども、好きで好きで仕方のない仕事をやっているので決して苦痛ではありません。
労働者か否かなど、どっちでも構いません。
報酬ゼロでもやりたい仕事。本当にありがたいことです。

人生の大半を消費する職業は絶対に好きなことを選ぶべきです。

投書箱のお話

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ウチの診療所の洗面所に『虹の箱』という投書箱が置いてあります。
自分が所長に就任した9年前には既に置いてありました。

「必要ないと思うけどなあ」

と思いながらも、何となく撤廃する提案も出さずに見過ごしていました。

なんと、10年目にして初の投書が私の元に届きました!
洗面所の箱は散々水しぶきを浴びてきたのでしょう。濡れて乾いた用紙ならではのシワくちゃっぷりでした。

若い女性の字だな。

決して美しいとは言えない、筆力の弱い、丸みを帯びた文字でした。文字と文字の間隔も一定ではなく、不機嫌さ、もしくは体調の悪さが滲み出た字体でした。

以下、本文(と私の感想)です。

「担当医が自分の経験談を語っていたが、全く共感できなかった。
(オレの患者さんかな?)
待合室にあった雑誌の中に、自分に似た症状のことが書いてあったので、医者にそれではないかと話したら、不機嫌な顔をされました。
(この感じだと初診の患者さんだな。心当たりはないけど、無記名だし、一回しか会っていない患者さんだと記憶に残っていない可能性もあるし。)
なので、待合室に雑誌を置くのはやめてほしい。
(そっち!?)
それから扉が重すぎると感じました。
(・・・)」

この投書を受けて改善することと言えば、待合室に雑誌を置かないということでしょうか。
と言ってもウチには忘れ物の雑誌しかないのですが。
扉はそれほど重くないはずだし、少なくとも改築の予定はない。

医師の態度でしょうか?

100%の気持ちで診療しているので反省する必要はないと思っています。笑

常々スタッフにも
「反省は要らない。自己イメージを高めて仕事をしましょう。」
と伝えています。

やっぱり投書箱は要らないな。

ONE LOVE

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高血圧の患者さんに
「ご自身は怒りっぽいと思いますか?」
と必ず訊ねます。

答えはもちろん二通り。
「割と怒りっぽいですね.。」もしくは「そんなに怒りません。」
 
面白いことに、年齢による補足を付け加える方が結構います。
「ふつう歳取るにつれて~」とお答えになります。
~に入るフレーズにも二通りあるのです。
1)気が短くなりますよね。
2)丸くなりますよね。
同じ経年という条件のもと、真逆の結果が生まれているのが面白いと感じませんか?

結局、人の感情なんて、自分がどのような「信念」を受け入れているかに尽きるということです。
 
怒ると血圧は確実に上がります。アドレナリンが分泌されるからです。
高血圧は脳卒中その他、死に至る疾患を引き起こすので注意が必要です。
身体の健康を考えれば怒らない方が有利に決まっています。
怒ると判断を誤ります。失敗や失言で人生の道を踏み外す人も後を絶ちません。
 
巷では『怒らない技術』や『アンガーマネジメント』関係の本がよく売れているそうです。
怒りをコントロールしたい人がいかに多いかの証明でしょう。
 
怒りたくないなら、まず「自分は怒らない人だ」という信念を受け入れることです。
つまり、確信することが大切です。
とにかく確信するのです。

強く確信していれば、怒ってしまった際に
「あれ?おかしい。怒らないはずなのに」
と、こうなります。
これはかなり重要なポイントです。
「ほら、また怒ってしまった」となるか「あれ?おかしい」となるかで、ものすごい差が生まれます。前者を繰り返すと、どんどん上塗りしていくことになり、「怒る自分」という確信が信仰のごとく強固なものになっていきます。
 
「自己イメージ」=「自分らしさ」です。
自己イメージを温和な人間にする、温和な自分という役作りを徹底的にすることです。
古今東西、温和な人物はたくさんいます。そして大抵の人は温和な人が好きです。
お手本を見つけたら、素直に真似するに限ります。堂々とパクればいいのです。
 
「そんなに簡単なものか!」
と怒りますか?
あなたらしくない。あなたは温和な人なのだから。
 
瞬間湯沸かし器のようだった自分が、最近数年間怒った記憶がないことに自分も周りも驚いています。
「確信ありき」を実行しているからです。
私の友人や家族もぞくぞくと改善している方法なので、是非お試しください。
そして成功したあかつきには、仲間に教えてあげてください。
北朝鮮やアメリカまで「怒らない確信」が広がってくれることを祈ります。

偏見とスコトーマ

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「先生はもう辞めたと思っていました。」

 

外来受診した60代男性の患者さんにそう言われました。

 

さかのぼること2か月前。

珍しくほろ酔い加減で仲間とアメ横を歩いていると、その男性患者さんに出くわしました。

挨拶をして二言三言会話を交わし、お別れしました。

その夜、私は講演会でいただいた花束を持っていました・・・

 

後日、私のいない日に来院されて冒頭の確信に至ったそうです。

 

患者さんはこう考えたそうです。

 

あの夜は送別会で、若手医師に労ってもらい、花束をもらった。

辞めてしまったので、今日は違う先生が外来をしているのだ。

 

「人は物語を構築して認識する」

 

の典型ですね。

 

ちなみにアメ横の夜、ともに歩いていたのは若手でも医師でもない、私より年上の音楽仲間です。受診された当日は、もともと往診で外勤している日です。予定通りの医師が外来担当していました。

 

「花束をもらう」→「送別会である」

という論理式(?)が患者さんの考えの中にあり、そこに合致するストーリーが構築されていったわけです。もちろん、論理的に正しくないのですが・・・

 

物事を認識する際、自分も同じような過ちを犯しているかもしれません。

無意識で点と点を結んでいき、都合のよい、それらしいストーリーを作り上げている可能性があるかもしれません。

 

日々、多くの犯罪報道が流れます。容疑者の段階では推定無罪の原則が適用されなければなりません。しかし、実際には有罪確定かのごとく、偏向報道が行われているようには感じませんか?有罪を支持する情報ばかり報道されているような。本当に恐ろしいことだと思います。

 

できるだけニュートラルに、透明な存在になって物事を見るように心がけたいものです。

必ずスコトーマ(心理的盲点)があるはずですから。

 

『常識とは18歳までに身につけた偏見のコレクション by アインシュタイン』