息子のコウマ@15歳。染色体異常で自閉症。

 

一応の受験生ということで、ピアノを弾く時間もめっきり減ってしまい・・・

事情があってそもそも、ピアノにたどり着くことができない日々。

 

レッスンに行っても叱られることが増えてしまってクラシックピアノへの情熱が薄れつつある今日この頃。

 

わずかに残るピアノが弾ける時間・・・

 

息子がピアノに向かって夢中でやっていることは・・・

 

動画サイトでNCS(No copyright songs)と呼ばれる曲の中からお気に入りを見つけて・・・

 

耳コピ即興で曲に合わせながら弾いている・・・

 

最近は、ベートーヴェンでも、ショパンでもなく・・・

ひたすらにNCS。

 

不思議なのだが、リラックスして弾いている時、奇形である彼の小指はまともに仕事をしていて・・・

レッスンであれほど叱られる手の形やら指番号(弾き方)も実に滑らか。

フォルテだの、ピアニッシモだの。楽譜の指示に従えずに叱られて涙する場面も最近多かったのだが。

NCSの耳コピは実に感情的で切ない音が出せている。

自分を反映させる音楽に出会ったんだな・・・そんな風に感じた。

 

課題の曲の練習もせず、NCSで遊んでばかりの息子は多分もう直ぐクラシックピアノを辞めてしまうかもしれない。

 

ただ・・・NCSの曲たちの再生回数を見て驚いてしまった。

動画サイトだから、再生しているのはおそらく世界規模なのだが・・・

 

再生回数がとてつもなく多いのだ。

 

時代が求める音楽なのだろうと・・・そう思った。

 

ベートーヴェンやモーツアルトが時代の心を掴んだように。

 

現代には現代の人の心を掴む音楽が存在するのだと知った。

 

息子は知的障害児だから、ピアノの曲も与えられる方が多かった気がするけれど。

 

こんな風に、社会とつながりが薄い息子が時代が求める音楽を自分で探し出して、鏡のようにそれを写して弾く姿に・・・

 

息子もまたこの時代を主体的に生きているのかもしれないと・・・何やら切ない思いとともにそんなことを思った。

 

DTM、オーデオスペクトラムの分野にも興味があるようでそんなことも勉強し始めつつある息子。

 

親が思い描いたものとは全く違う未来・・・。

思い描き知らぬ世界を走って行ってしまう我が子。

 

親が知らない未来を子供が知り始めている。

 

障害があろうがなかろうが、時代を歩いているのだと。

 

いつかピアノは辞めてしまうかもしれないけれど、音楽は好きでいてほしいな。

 

そんなことを思いながら、夢中の耳コピを弾く息子の音に耳を傾けた。