先日少しムッとする話を持ってこられた。
しかし詳細は書かない事にする。
ボヤキはひと時の内面のみの話しに留めないとね。
さてさて話は全然変わり!!東西ひとり語りの競艶いよいよ今週の土曜日になりました!
実力派役者と演出家兼琵琶人によるパフォーマンスを清水区但沼町に静かに佇むお寺東壽院で観ていただきたいと思います。
先日東京銀座中央ギャラリーでの公演の際くばられた演出家Ashさんによる「駆け込み訴え 2019」演出ノートが私的に印象的に感じたのでここに記す事にする。
太宰の言葉は、人間を当事者意識の真っただ中に放り込む。 だれもが人生の中でふとした瞬間に陥るであろう心の闇、その部分に狐火のように入り込み、普段は人に見せない部分をほのかに浮き上がらせる。 日本独自の「恥」と「奥ゆかしさ」の暗がりに乗じて、読む者の心に深々と突き立てる。 その言葉は、反語を多用した独特のリズムを持ち、声に出していくことで独特のグルーブを作り出す。 だが、あまりに繊細な心の闇を反語で描き出すそのスタイルは、海外に進出する上での壁ともなる。「言葉にしなくてもわかる」という、この島国に特有の文化的背景を暗黙の了解として描くセンスが卓越していただけに、太宰の言葉をニュアンスも含めて視覚に訳出するのは非常に困難なのである。
女優の鈴木陽代と出逢ったのは、私がまだ東京芸術大学で演劇の勉強をしていた折のことだ。 その後私も長年にわたり籍をおかせてもらうことになるク・ナウカ・シアターカンパニーの女優として彼女は、異彩を放っていた。 現在、静岡県舞台芸術センターの芸術監督として、また2020年オリンピックに向けて盛り上がる東京芸術際のディレクターとして勇名をはせる宮城聡が率いるその劇団は、俳優たちによる打楽器の生演奏に乗せてMober=「動く俳優」、speaker=「話す俳優」が繰り広げる圧倒的な世界観を持っていた。観客を否応なく物語世界に連れ去る様を私は幾度となく目にした。
演出家として独り立ちした後、太宰治の「走れメロス」を舞台化した私は、同じ太宰の作品「駆け込み訴え」を鈴木陽代の一人芝居として創りたいと考えた。 2015年の夏に、幸運ないくつかの偶然を味方につけ、それは実現した。その後、様々上演の機会をえてこの作品は進化してきたが、それは同時に、それぞれの人生の岐路に立つ経験もしながら変化してきた二人の女性アーティストの歩みを如実に物語るものであると言えるだろう。 とどまることを知らない進化への欲求、創作へのかつぼうを再認するとき、私は心から鈴木陽代と組めたことを幸運に思うのだ。
「駆け込み訴え」を世界中の人に納得できる作品に訳出するのは、翻訳家ではなく演出家と俳優の仕事なのかもしれない。 言葉に表しきれないニュアンスを体現するもの、そのれがたとえ欧米人の生理感覚に適合しない私小説的な切り口だとしても、その文化の違いすらこの女優の声と身体は伝えることができる、腑に落ちるに違いない、と確信をえながら、海外進出のチャンスを狙っている。 これらの言葉が海を越えて伝わったら、作家はあの世でどんな顔をするのだろう。「
恥ずかしい、やめてくれまいか」というのだろうか。(ちろん、それは「反語」なのだ。)そんな迂遠な表現を愛さずにいられない東アジアの島国でうまれた作品が、翼を広げてどこまで行くことができるか。この作品を観た人はすでに当事者、私達とこの先も旅して、どうか行く末までも見届けてほしい。
以下省略
長々とお読みいただきありがとうございます。
会場となる静岡県静岡市清水区但沼町にあるお寺東壽院さんのブログです。
地図も記載されています。


