コイン収集 ~趣味のコレクションブログ~

コイン収集 ~趣味のコレクションブログ~

アンティークコインを中心に日本の近代貨幣や記念コイン、金貨銀貨など、
趣味で収集している物を少しずつアップしながら個人的視点で解説していこうと思います。
好きなモノをとことん楽しむをモットーにやっていきますのでどうぞ宜しく。

現在公開中の映画『天気の子』について前々から新海監督のファンだった事もあり、考えを巡らせるのが辞められません。何度でもブログ書いちゃおうと思い立ちましたのでご興味ある方はお付き合い頂ければと思います。

と言いますかそろそろ我慢できないのでぶちまける感じで書きますよ。まぁ作品には見た人それぞれの解釈があると思います。私の解釈はシンカイズム発症者の妄言の類です。ご容赦をば。

・その① ・その②

天気の子は非常に完成度が高く誰もが楽しめる映画となっておりますが深読みする私なんかにはこの作品が過去の新海作品『秒速5センチメートル』への答えのような気がして夜も眠れない毎日を過しています(笑)。

と言いますのも私を含め多くの新海ファンの方が最もダメージを受けたと言っても過言ではない、相当トラウマを植えつけられた傑作こそが『秒速5センチメートル』という存在なのです。この映画は大変に"鬱くしく"、心を捉えて離しません。

そんな秒速を未だ引きずったファンが『君の名は。』や『天気の子』を観る時そこにはどうしても秒速のトラウマの影がちらつくのです。新海監督が天気の子を公開するに当たり、「君の名はで怒った人達を更に怒らせる映画にした」と発言しましたが、それって誰に言ってるんですか?色んな方の解釈を読みましたが私には秒速のトラウマを抱えた新海ファンに向けて言ってるように聞こえます。つまり私に言ってますねこれ。

秒速5センチメートルのトラウマについて・・・

簡単に説明しますと秒速は視聴者が主人公やヒロイン・登場人物に非常に共感できる内容の映画になっています。その彼・彼女らが現実社会のルールや規範・社会常識などにより全力ですれ違っていく物語を見せ付けられるので、私なんか視聴してて主人公タカキの想いが手に取るように分かってしまい彼と同じように苦しみ抜く事態となりました。彼の選択や行動原理、または行動しなかった全てに共感し、視聴後1週間寝込んでそのまま何年も引きずっています(笑)。この作品にハマらない人も大勢いるようですがその人達は幸福ですね。ひとたび自分の今までの経験や過去のトラウマなんかと重ねて共感してしまったが最後、もう新海ワールドに引きずり込まれてしまうのです。それは答えの見えない呪縛のように絡まり続け、監督の人生を掛けた何かを探し続ける拷問のような旅路に半強制的に同伴させられる運命を招きます。

『君の名は。』を視聴した時、まさか秒速と瓜二つの演出を目撃させられ、多くの方がトラウマを発症しかけました。2021年の瀧が歩道橋の上で三葉とすれ違った辺りからその後数分間の演出は初見では発狂物でしたよ。

しかし最後の最後、2022年「ずっと何かを探していたッ!」からの須賀神社の階段のシーン、瀧君頑張りましたね。

あんな場面で声を掛ける勇気ギリギリです、ギリギリ共感できるあの演出は心救われる想いでした。それが私にとっての『君の名は。』の体験です。

とても晴れやかな気持ちになりましたがそれでもまだ秒速のトラウマは消えず今作に至ったわけですが、『天気の子』はこれは一体何を見せ付けられたのでしょうか・・・。

 

色々書いてきましたが全面的にこの新海ワールドに浸れた事は喜ばしく思ってますよ。とても感情を揺さぶられる世界です。世界の真理や答えを探究する旅、作品を重ねる毎にちょっとずつそこに辿り着けそうな気が致しております。(ちょっと大げさですね笑)

『天気の子』は秒速へのアンサーとして作られている側面があると感じます。新海監督は我々にトラウマを植え付けたあの秒速をハッピーエンドだと語りますよね。決してバッドエンドや鬱展開の作品ではないと。その気持ちや言わんとしてる事、よく分かります。ただ実際はハートフルぼっこアニメで間違いありません。事実私はハートを鷲掴みにされてボコボコに殴られたようなダメージを受けました。じゃあそんな人間が考える秒速のハッピーエンドはどうすれば訪れるんだよとの監督からの逆切れのような問いかけ、挑戦を持ち掛けられたのが天気の子だと解釈します。

 

秒速の主人公タカキがどうすればあんなハートフルぼっこ展開を見せ付けずにすんだのか?

例えばいくつかシーンを思い浮かべます。一つ目が明里が栃木の中学へ行く事になったと電話で告げるシーン。

タカキは結局優しい言葉を書ける事ができませんでした。分かります。小6の二人にはどうしようもない展開です。私もあの状況でどんな気の利いたセリフを言えば正解か、百点満点の答えか未だに分かりません。タカキにもそんな引き出し無いのです。全力で共感します。

 

が・・・・、

 

天気の子の主人公帆高がもしあの時あの状況にいたらどうだったかという挑戦状ですよね。

ANSWER:

 

つまりタカキが帆高だったら迷わず明里と駆け落ちしたって事ですか?小6の二人が。頑張って受かった中学受験も金繰り捨てて、親に失望されるだけじゃなく明里の両親や明里本人にも迷惑掛ける事厭わず、後先考えなしに帆高ならきっと明里の手を引いてあの夜走り出したという新海監督からの挑戦状です。

 

・・・いやいやいやいや、そんなんできるわけありません!この世のどこにそんなんできる人間いるんでしょう?ムリムリ自分には絶対ムリ~。A:まずそういうことです。

 

二つ目、タカキが栃木の明里の元へ電車で向かうシーン。途中で明里への大切な手紙をなくしてしまいます。風に煽られて飛ばされてしまったあの状況、あのシーンは胸の痛い場面でした。

・・・・しかし

 

帆高なら、帆高ならあの場面すぐ走り出しますね。駅のホーム、線路に飛び降りてでも、迫り来る電車を止めてでも、駅員や大人たちに何と言われようと大切な手紙の為になりふり構わず走り出します。だって手紙は"そこ"にあるじゃないですか。強風に飛ばされたからと言って消えてしまったわけでも燃やされてしまったわけでもないんです。帆高ならあらゆる邪念を振り払って諦めない、絶対手紙を確保します。そんなシーンが天気の子では多々ありました。

・・・いやいやいやいや、はい、そんなんできるわけねー!!あの場面でそんなのちっとも共感できない。そんなん出来る奴おるかい!無理無理あの状況あなたは走り出せますか?無理でしょ?タカキと一緒でしょ?タカキの気持ちに共感してタカキを肯定するでしょ?第二の挑戦状です。

 

色々ありますが分かりやすいとこまで飛ばして最後のチャンス、三つ目。

舞台は2008年、大人になり社会人になった後、限界を悟って会社を辞めた無職のタカキ君。昔懐かしい運命の踏み切りで明里と偶然すれ違います。

お互いハッとしました。「今振り返れば、きっとあの人も振り返ると、強く感じた。」あなた達ニュータイプですか?いやもちろんそのニュータイプな感じ分かります。誰しも経験ありますよね。線路を挟み、何本も通り過ぎる電車をまだかまだかと待ったその後、そこに彼女の姿はありませんでした。

 

はい、このシーン。

 

もし帆高ならどうだったと私の中の新海誠はニヒルな笑みを浮かべて問いかけます。そう帆高なら、ハッと気付いた瞬間から振り返って踏み切りを全速力で引き返します。悠長に渡りきったりしません。速攻彼女を追いかけ腕を掴み新婚ホヤホヤの幸せ一杯な明里をあり得ない略奪愛でモノにします。全員が不幸になるであろうそんな選択が彼には出来るはずです。明里だって明里の両親だって悲しみ、言わずもがな旦那さんだって。そんな略奪婚、でも明里とは運命の人、二人だけは幸せになるでしょう。

・・・はっ?さてそんなん出来るか?そんなものを見たいか?という監督からの痛烈な挑戦状。

はい、無理です。見たくありません。秒速でそんな世界は存在しない非現実です。観念します。

帆高君はある種のスーパーマンだと思います。天気の子を鑑賞しながら本当に彼を応援していた自分がいました。自分には決して出来ない選択、タカキには絶対不可能な振る舞いを見せてくれる帆高。少なくとも我々シンカイズムに犯されたファン、秒速に全力で共感するような人種の人々にとって完全なる対極で全く共感できない、成る事が出来ない何かです。私はこういうのが見たかったし、でも決して秒速を見たくなかったわけじゃない複雑な気持ち。帆高の存在はそういう位置付けだと散々考えを巡らせて辿り着きました。

『天気の子』はそのような新海誠からのアンサー、我々がある意味激怒する主人公の形を見せ付けてそんな存在にしか陽菜は救えない、明里と一緒になれない、そんな風にできてる世界に生きてるんだとのメッセージ。強烈です。君の名はに一瞬でも救われた人間がその救いすら無かった事にできる帆高の行動に共感して帆高になりたいかとの無茶振りを迫られているような思いと同時に応援したくなる理想の姿。

 

回りくどいですね。実に回りくどい!秒速はハッピーエンドです。知ってました。天気の子も名作です。帆高君を肯定します。共感は出来ません。そんな針に糸を通すかのような絶妙な芸当をしてくるのが新海誠なんでしょう。こんな芸当見せ付けられて私の頭は今パニック状態、呪縛はちょっとだけ解けました。荒療法ですよね。荒過ぎます。恐ろしい人です。おののきます。

まとまらないのでとりあえず今回はこの辺で。

お盆ですね。本日朝早くに近所のおじゅっさんが棚経に来てくれました。初盆のお経も唱えてくれました。嗚呼、誰かが晴れ女に依頼でもしてくれたかのように、台風来てるのに良いお天気が広がって本当に良かったです。ギリギリセーフ!映画「天気の子」を観た後でしたからその辺非常に感慨深く、良い初盆を迎える事ができました。新海監督・・・あなたこの映画と現実シンクロさせすぎですよ。未来人か何かですか?流石歴史的権威ある雑誌『ムー』愛読者の監督です(笑)。力持ってますね。公開初日も東京晴れさせたようですし。凄いです。

さて、何となく天気の子について二つ目のブログを書きたくなってきました。色んなユーチューバーのレビューや考察動画、ブログなんか拝見してたら何度でも再燃しちゃいます。以下前回のブログとあまり変わらないネタバレ全開な内容の自己満足なのでご了承下さい。

天気の子①

今回この映画で私が一番ハマッた所はやはり主人公帆高君の最後の選択です。人柱となって東京を晴れさせたヒロイン陽菜を、どうなるか全て把握した上で、迷いなく彼女を取り戻す選択を決行して東京を犠牲にしたシーンです。私はもちろん東京が大好きで私たちの大切な場所と自覚ていると前置きした上でそれでも帆高の行動に納得させられる肯定感を抱きました。

きっと普通の映画なら、たった一人の犠牲でみんなの幸福が続くならと、苦汁の決断で彼女を見送る、そんな描写で映画は幕を閉じるでしょう。今まで散々そんな映画を観てきて感動したりなんかしてきました。でもそんなの期待してないんですね。もう見たくないんです。散々見て考えてきて幸福になれなかったそんなストーリーは最早必要ない、新海監督が今まで描き続けてきた現実の切なさを飛び越えたこの非現実的な結末がおそらく今どうしても必要だったのでしょう。

秒速5センチメートル、云わずと知れたこの作品は多くの人にとって今もトラウマとなっています。私ももちろん例に漏れず、初見で1週間寝込んだほどハートフルボッコにされた映画でした(嘘です)。大げさに言いましたが過言ではないほど、現実の美しさを描き理想郷に存在してると我々に錯覚させておいてからの奈落に突き落とす手法は凄まじいレベルです。こんな才能を見せ付けられたらそりゃ監督も視聴者も以後呪縛に取り憑かれますよ。それを祓う作業としての君の名はと天気の子、そんなふうに今は解釈しています。

天気の子の帆高は基本的に反社的な行動を取り続けましたね。彼の行動は一般人を自覚している我々にとって全く共感できずハラハラさせる行動ばかりでした。後先考える私なら絶対諦めて観念するシーンが多々あります。それが現実です。そこを後先考えず突破する帆高、全然人生の参考になりませんがそんな彼が手に入れたものは私達が最も欲するものでした。リアリティある描写で現実を突きつける手法からリアリティ無い描写で現実を我々に突きつける手法に変えてきてホント回りくどいハードブレイクを見せてくれましたね監督ッ!つまり絶対手に入らないって言ってます?そんな殺生な・・・そこまで行くの見透かして描いてますよ。

そしてそんな帆高が大切なものを手に入れる為犠牲にしたのは東京と言う街一つだけじゃありません。前作、君の名はの感動や救いすら犠牲にしたのです。この辺えらくストイックです。設定では瀧君が三葉と漸く会えるのが2022年、帆高が陽菜を救う為世界の形を決定的に変えたのがその前年の2021年となります。つまりあの世界線は無かった事になりました。こんなの監督、自覚して描いてます。どういうメッセージですか?君の名はのハッピーエンドは嫌だったんですか?それとも最も理想的なストーリーを得る為にはあのギリギリ現実的な頑張った瀧君のハッピーエンドすら人柱にしないとバランス取れないってそんなに現実世界は理想郷とは程遠いってメッセージなんでしょうか。インタビューではとてもポジティブな発言が多い監督の言葉をストレートに受け止めきれない私はまだまだ修行が足りない事を思い知らされます。

基本的に気持ちよく視聴できた天気の子ですが新海監督が作品に込めた思いは海底より深く、作品を考えれば考えるほどグルグル想いが巡ります。この過程が呪縛を解く鍵なのか?どこに辿り着けるのか?そんな気配が致します。どうしてもその先が知りたい、お布施と布教活動に励みまたより答えに近づくであろう次回作を待望します。

 

もすこしで運命の方向~♪もすこしで運命の方向~♪

→『グランドエスケープ』この曲ええよね~

アツウィ!!!

夏、暑いなぁ~と思いながらふと久々にリベリアモルガンダラーを取り出してみると・・・あ、あなた誰ですか!?ってぐらい変化してました。日焼けしたの?えらい濃くなってるけど・・・。

何年か前からトーンが変化し続けているコインがありまして、カラーの変遷をブログで掲載してきました。

こちらです。

・その1 ・その2 ・その3

およそ一年ぶりの掲載ですが、この子はより一層濃厚なカラーになっておりました。

ドドン!

いやしかし今回は表より裏!裏が恐ろしく変化してます。こんな色じゃなかったような・・・。コイン間違えたかと思いましたよ。今年はセルリアンブルーな気分ですか?雨色ゼリーみたいな感じ?なるほど・・・なるほど・・・。しかしあなたどこまで行くんです?

17年1月-17年8月-18年6月-18年9月-19年8月

17年1月-17年8月-18年6月-18年9月-19年8月

表はちょっと濃くなったようですが雰囲気は一年前と同じ感じです。鼻から口にかけて、そしてほっぺたのピンクと白な辺りが好きです。あと簪でも挿したかのようなイエローが入って華やか、銀て凄い・・・。

裏はちょっと驚きましたね。前は黄色とか緑とかが強かったのにいつの間にかほぼ青一色です。不思議です。特段何もしてないのにまるで生きているよう。モダンコインなのにこんなに変化してくれて全く飽きが来ません。さぁ来年は何色になるでしょうか?楽しみです(笑)。