本の電子化
またまた、久しぶりの投稿になってしまいました。
遅筆極まりないです。
すいませんm(__)m
唐突ですが、そろそろ、一年で歩くのに一番の季節ですね。色々楽しみです。
私の趣味は、古本の収集と、街歩きですのでこれからのメインは季節的には街歩きになるのですが、今回は古本の話です。
実は古本収集で少し困った事になっていて、その解決法を考えていました。
前回(いつの事だ?)にも、書きましたが、本の重さで実家の部屋が傾き、玄関のドアの修理までしてしまった私。(修理したのはうちの親ですが…)
そう、本が遂に収納場所からオーバーフローしてきてしまったのです。
前から、薄々気づいていて、本を買うことを少しセーブしようとしていたのですが、昼間の散歩から帰ると手にはずっしりと本の束が握られているのはいつもの事でした。
その本が、遂に本棚に入らなくなる日が来てしまいました。
本当にヤバイ!何とかしなくては!
チマチマと、古本屋さんに売ってはいましたが、本を売る事が自分の子供を売るくらい精神的に辛い私に、大量の本が売れるわけもなく、本当に本当にヤバイ瞬間に直面するかと思われた時、ネットである記事が目にとまりました。
(続く)
すいません。初めてスマホで書いて見ましたが、おじさんの悲しさで、上手く文章になりません(T_T)
続きは改めてPCで書きます。
Android携帯からの投稿
遅筆極まりないです。
すいませんm(__)m
唐突ですが、そろそろ、一年で歩くのに一番の季節ですね。色々楽しみです。
私の趣味は、古本の収集と、街歩きですのでこれからのメインは季節的には街歩きになるのですが、今回は古本の話です。
実は古本収集で少し困った事になっていて、その解決法を考えていました。
前回(いつの事だ?)にも、書きましたが、本の重さで実家の部屋が傾き、玄関のドアの修理までしてしまった私。(修理したのはうちの親ですが…)
そう、本が遂に収納場所からオーバーフローしてきてしまったのです。
前から、薄々気づいていて、本を買うことを少しセーブしようとしていたのですが、昼間の散歩から帰ると手にはずっしりと本の束が握られているのはいつもの事でした。
その本が、遂に本棚に入らなくなる日が来てしまいました。
本当にヤバイ!何とかしなくては!
チマチマと、古本屋さんに売ってはいましたが、本を売る事が自分の子供を売るくらい精神的に辛い私に、大量の本が売れるわけもなく、本当に本当にヤバイ瞬間に直面するかと思われた時、ネットである記事が目にとまりました。
(続く)
すいません。初めてスマホで書いて見ましたが、おじさんの悲しさで、上手く文章になりません(T_T)
続きは改めてPCで書きます。
Android携帯からの投稿
古本
こんにちは
お久しぶりです。
ほとんど、何年も会っていない友人に出す手紙のようです。
今までは言い訳をしていましたが、今回は言い訳さえできない程、間が空いてしまいました。
言い訳しないで(できないので・・・)さらっと書き出します(その割に序文が長い)
今回の題材は、別冊本の雑誌16・古本の雑誌です。
では、古本の話です。
古本、何と甘い響きでしょうか。興味のない人に言わせると、どんな人が読んだかわからない本を買って読むなんて、不潔極まりないということになるのでしょう。
しかし、古本で育ってきた私にとっては(別に古本をかじって育ったわけではありません。当たり前ですが・・)乏しい小遣いで、喉から手が出る欲しい本が安価で手に入る古本屋は、私の青春の中で大きな意味を持っていました。
一番初めに入った古本屋の情景は今でも目の前にあるように覚えています。
中学一年生の時、半ドンの土曜日の天王寺にあった旭屋で、午後に平均3時間程毎週立ち読みをしていた私が(旭屋さん本当にすいません)自分の小遣いで買える本が買える場所を見つけた時の喜びは、天にも登る心地でした。
その頃、はまっていた星新一のショートショートや、翻訳SF(ヴァン・ヴォークトの宇宙船ヴィーグル号の冒険やエドガーライスバローズのペルシダーシリーズ)なども、古本で手に入れて、ちぎれて、古古本になってしまうほどに読んでしまいました。
しかし、古本の世界は想像以上に深く、ダークです。
「結婚」・「就職」は古本者(古本の漁書家の自虐的呼び方)の邪魔。とか、買った本を読んでいるうちは甘い!というような話を読むと、私などまだまだだなあと思ってしまいます。「日本沈没」の初版から一刷ずつ全部揃えて六十七冊同じ本を揃えるなどという話を読むと、うーん・・・アホとちゃうか
やはり、私は古本者ではなくて、本の愛好者だと判りました。
それでも、古本者の条件として「古本の重みで部屋の床が抜ける」という話がありましたが、昔、私の実家でも、私の部屋の本の重みで玄関のドアが開かなくなり、改修工事をしましたし、最近、買ったのに読んでいない本の存在が増えてきた事にに気づくなど、部分的に病気の条件を満たしている自分もいるような気がします。
これ以上、病気が進行しないように治療を開始する(部屋二つを完全に占拠している本の一部をブックオフに売る)べきか、悩む私がいます。(しょうむないとわかっている本でも、売る時には身を切られるような痛みを感じるので・・・)
診断は重症の本中毒。治療を要す、でしょうか・・・
ああ・・・本当にあの本たちをどうしよう・・・そろそろ妻の怒りが限界を越えようとしていますので・・・ああ(>_<)
お久しぶりです。
ほとんど、何年も会っていない友人に出す手紙のようです。
今までは言い訳をしていましたが、今回は言い訳さえできない程、間が空いてしまいました。
言い訳しないで(できないので・・・)さらっと書き出します(その割に序文が長い)
今回の題材は、別冊本の雑誌16・古本の雑誌です。
では、古本の話です。
古本、何と甘い響きでしょうか。興味のない人に言わせると、どんな人が読んだかわからない本を買って読むなんて、不潔極まりないということになるのでしょう。
しかし、古本で育ってきた私にとっては(別に古本をかじって育ったわけではありません。当たり前ですが・・)乏しい小遣いで、喉から手が出る欲しい本が安価で手に入る古本屋は、私の青春の中で大きな意味を持っていました。
一番初めに入った古本屋の情景は今でも目の前にあるように覚えています。
中学一年生の時、半ドンの土曜日の天王寺にあった旭屋で、午後に平均3時間程毎週立ち読みをしていた私が(旭屋さん本当にすいません)自分の小遣いで買える本が買える場所を見つけた時の喜びは、天にも登る心地でした。
その頃、はまっていた星新一のショートショートや、翻訳SF(ヴァン・ヴォークトの宇宙船ヴィーグル号の冒険やエドガーライスバローズのペルシダーシリーズ)なども、古本で手に入れて、ちぎれて、古古本になってしまうほどに読んでしまいました。
しかし、古本の世界は想像以上に深く、ダークです。
「結婚」・「就職」は古本者(古本の漁書家の自虐的呼び方)の邪魔。とか、買った本を読んでいるうちは甘い!というような話を読むと、私などまだまだだなあと思ってしまいます。「日本沈没」の初版から一刷ずつ全部揃えて六十七冊同じ本を揃えるなどという話を読むと、うーん・・・アホとちゃうか
やはり、私は古本者ではなくて、本の愛好者だと判りました。
それでも、古本者の条件として「古本の重みで部屋の床が抜ける」という話がありましたが、昔、私の実家でも、私の部屋の本の重みで玄関のドアが開かなくなり、改修工事をしましたし、最近、買ったのに読んでいない本の存在が増えてきた事にに気づくなど、部分的に病気の条件を満たしている自分もいるような気がします。
これ以上、病気が進行しないように治療を開始する(部屋二つを完全に占拠している本の一部をブックオフに売る)べきか、悩む私がいます。(しょうむないとわかっている本でも、売る時には身を切られるような痛みを感じるので・・・)
診断は重症の本中毒。治療を要す、でしょうか・・・
ああ・・・本当にあの本たちをどうしよう・・・そろそろ妻の怒りが限界を越えようとしていますので・・・ああ(>_<)
冬歩く
本当にご無沙汰しています。
歩いています。
最近の寒さは極限状態で、本当につらいです。
(雪国の方すいませんm(_ _ )m)
それでも歩いています。
昔を思い出しました。
中学校の頃の趣味は友人に誘われたからですが、奈良、京都の古寺巡りでした。
愛読書は和辻哲郎先生の「古寺巡礼」
世の中は昭和40年代の高度成長時代。
まだお寺巡りなどというものが”おじん臭い”という風に馬鹿にされ清水寺などの一部有名なお寺をのぞいて拝観料の規定もない頃でした。
お寺の拝観をしている中学生二人は周囲からはすごく特異な視線でみられていたことでしょう。
まあ、今では有名なお寺でも当時は観光バスが着くこともなく非常に閑散としている状況でした。
お寺に入っていくと、奥さんが怪訝な顔で出てこられて、まあまあこんな寒い中を・・・と、お茶を出してくださったりしました。
また、文化庁の方と興福寺の宝物殿で一緒になって、中学生が仏像など文化財に興味があることにすごくびっくりされて、褒めていただいた事も思い出しました。
やはり変わった少年だったのでしょう。
お小遣いがそんなにないので、奈良や京都まで電車で行く事はできましたが、昼食を食べるお金がなくて菓子パン一個を食べながらバスにも乗らず寒い中を歩いていましたが、つらいと感じませんでした。
雪に埋もれた奈良の頭塔はまだ十分な保護もされておらず本当に近くから見ることができました。
神戸は奈良より暖かいですが、寒い神戸の町を歩きながら昔を思い出して懐かしいです。
中学生の時は古寺巡り、中年になってからは高架下巡り・・・
どうも、賑やかな場所が苦手なようです。
歩いています。
最近の寒さは極限状態で、本当につらいです。
(雪国の方すいませんm(_ _ )m)
それでも歩いています。
昔を思い出しました。
中学校の頃の趣味は友人に誘われたからですが、奈良、京都の古寺巡りでした。
愛読書は和辻哲郎先生の「古寺巡礼」
世の中は昭和40年代の高度成長時代。
まだお寺巡りなどというものが”おじん臭い”という風に馬鹿にされ清水寺などの一部有名なお寺をのぞいて拝観料の規定もない頃でした。
お寺の拝観をしている中学生二人は周囲からはすごく特異な視線でみられていたことでしょう。
まあ、今では有名なお寺でも当時は観光バスが着くこともなく非常に閑散としている状況でした。
お寺に入っていくと、奥さんが怪訝な顔で出てこられて、まあまあこんな寒い中を・・・と、お茶を出してくださったりしました。
また、文化庁の方と興福寺の宝物殿で一緒になって、中学生が仏像など文化財に興味があることにすごくびっくりされて、褒めていただいた事も思い出しました。
やはり変わった少年だったのでしょう。
お小遣いがそんなにないので、奈良や京都まで電車で行く事はできましたが、昼食を食べるお金がなくて菓子パン一個を食べながらバスにも乗らず寒い中を歩いていましたが、つらいと感じませんでした。
雪に埋もれた奈良の頭塔はまだ十分な保護もされておらず本当に近くから見ることができました。
神戸は奈良より暖かいですが、寒い神戸の町を歩きながら昔を思い出して懐かしいです。
中学生の時は古寺巡り、中年になってからは高架下巡り・・・
どうも、賑やかな場所が苦手なようです。