こんにちは

 

 

暖かい日が多くなってきましたね。

今週末には桜が満開のようです。

お花見シーズン到来ですね桜**

 

 

3月の大きなイベントといえば 『卒業』

 

ということで、『暗殺教室~卒業編~』を観てきました。

 

 

原作も読んでいますが、まだ最終巻は読んでなくて、映画と原作のラストが違うのか、違わないのかは分からないのですが、ちゃんと纏まっていたラストだったな、と思います。

いろんなエピソードが端折ってあったのは、まぁ時間的に仕方ないかな。

 

原作者は松井優征さんという方で、前作『魔人探偵脳噛ネウロ』が強烈に好きでした。

今回の『暗殺教室』は、当初、連載が始まったことを知らなくて、しばらくしてから知人に教えてもらって読むようになった作品です。

 

この『暗殺教室』

題名が強烈ですよね。

私も松井優征氏の作品でなければ読まなかったかもしれません。

 

以前、NHKの対談番組で、この題名ならではのエピソードを語られていました。

 

中学生くらいの読者さんからのお手紙をもらった、と。

コミック本を買って部屋に置いていたら、『暗殺教室』という題名だけを見た母親に全部捨てられてしまった

 

という内容だったと思います。

この対談の中で、松井優征氏は「暗殺教室は教育漫画」であると仰っています。

私も読んで、そう思いました。

とてもすばらしい教育漫画だと思います。

 

でも『暗殺教育』という題名だけで、内容も読まずに捨ててしまう。

 

もったいないな~

 

という言葉しか出てきません。

そして、こういう親に育てられた子供が可哀想だな、という思い。

それは決して、漫画を捨てられたこと(このことも可哀想だけど)ではなく、情報を取り上げられ、自分で判断をする機会を奪われたことに対して、可哀想だと。

 

親は自分の準拠枠(価値観や枠組み)で子供の行動や思考を制限すべきではないと思うのです。

親自身に学ぶ姿勢(この場合は漫画を読むこと)がなく、またそれについて考える力がないから、それを取り上げる(親が子供をコントロールできなくなりますからね)。

取り上げるということは、子供が自ら学ぼうとする意思を尊重しないことだと思います。

 

もし、親にとって不都合だと思うものを子供が持っていたとして、それから何が学べるのか、自分のこれからの人生にどんな風に役立てて行けばいいのか、役立てることができるのか。それを教えて導くのが親の役目であり、取り上げて自分の価値観や枠組みの中に閉じ込めてしまおうとするのは親の役目ではないと。

 

今の自分にその自信がないのであれば、親自身が学び続けなければいけません。

 

『暗殺教室』で殺せんせーは言います。

 

 「先生が日々成長せずして、

どうして生徒に教えることができるでしょうか。」

 

『先生』を『親』に置き換えることも可能だと思います。

子供の一番の先生は親である、私はそう思っています。

 

 

 

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