『幻竜秘録 1~5』〈時の車輪10〉 | 手当たり次第の本棚

『幻竜秘録 1~5』〈時の車輪10〉



ショーンチャン人が使う、エイ=ダムという道具と、飼い主(スル=ダム)、そして女奴隷(ダマネ)の関係。
最もはやく真相に気付いたのはナイニーヴであり、次にエギアニンが気付いているのだが、そこに関わり合った飼い主と、一時期女奴隷にされた異能者(アエズ・セダーイ)の両方をかかえこんだマットの立場は、察するにあまりある。
しかし、物語の設定として、絶対力を使える女性を一方的に束縛し、道具にする飼い主が、実は、潜在的に絶対力を使える女性であるというのは、凄くおいしい。
この事実が知られれば、女奴隷を大きな戦力とするショーンチャン帝国は大きな打撃を受けてしまう。
いや、それどころではなく、次代の女帝であるトゥオンは、彼女自身、飼い主の資格と技量を持っていることになっている。
つまり、全ての飼い主が実は絶対力を使う力を秘めているとすると、帝国のトップに立つ女性自身が、本来、家畜同然に扱われる野放し女奴隷(マラス・ダマネ)であるという、衝撃的な結果になるわけだ。

ショーンチャン帝国が、これほど絶対力を使う女性をおそれ、束縛する理由は、国を興した鷹羽王アートゥルが、異能者嫌いであったことに起因するようだ。
また、その原因になったのは、男性源(サイデイン)が闇王に汚されたことで、竜王テラモンを初めとする多数の男性異能者が狂喜に陥り、全界を崩壊させたせいなのだろう。

しかし、絶対力の試験を受けて、女奴隷にされるまで、その女性(まあ、若いうちに試験されるらしいので、少女)は、他の少女となんらかわることのない普通の人間として扱われ、人格を尊重されていたはず。
なのに、絶対力を使う力があるとわかると、その人格を否定され、分別どころか、判断力も責任能力もない存在とみなされるというのは、非常におそろしい。
海をこえて渡ってきたところで、少女どころか、成人女性をつかまえて、同じように女奴隷とする、さほどに簡単に、相手の人格を否定できる体制が、ショーンチャン人を不気味に見せる大きな要因になっているのだろう。

そして、「祖先(何千年も前!)の王国があったところだから、そこの土地と主権は自分たちのもん」とみなすショーンチャン帝国の姿勢も、同じところに通じているんだろう。
彼らがその土地を去ってから、おそらく彼らがそこに王国を築いていた時間よりはるかに長い時間、人々がそこで暮らし、生計を立て、土地を(海も)有効利用し、支配していたという事実を、簡単に無視できる精神構造は、なかなか凄い。もちろん、悪い方の意味で。

マットらと行動をともにする間、アナン夫人とつきあうことで、いささかはトゥオンも啓蒙されたのかもしれないが、はたしてそういう、不自然な事実にトゥオンが気付き、変わっていけるかは、大きなテーマになるだろう。
もちろん、残念ながらそうあっさりトゥオンの意識やショーンチャン帝国が変わるわけではないのだけれども。

実は、ショーンチャン人にかぎらず、「人を導くとはどういうことか」というのは、この物語のテーマのひとつになっているようで、シャイドー・アイールにとらわれたファイールが、全く別の切り口から、そこに挑んでいくのが物語のこのあたりだ。
有力な貴族としての立場から、人を指導する教育を受け、それをペリンにも伝え、トゥ・リバーズのたてなおしに大きな力となったファイールが、全く新たな視点から、そこを学び直す事になるのが面白い。
決して、それまでのファイールのやりかたが、間違いではないだけに、興味深いと言える。

勿論、同じように、人を指導するとはどのようなことなのかを学んでいくのはペリンも同じで、もはや自分が一介の鍛冶屋ではなく、なるべくして人を指導する立場になったことを、日々自覚していかなくてはならない。
もちろん、ランド・アル=ソアやマットと同じく、彼の悩みはそれだけではない。
狼との交感能力についてもそうだ。
ホッパーにたびたび指摘されるとおり、夢の中で狼と化しても、ペリンは常に人間としての意識から逃れられない。
どの程度まで、自分が狼となる事を許すのか、それがペリンの悩みどころだろう。
狼には独自の価値観があり、時にそれは人間の価値観より高潔に見えたりするが、完全に狼の基準に従うなら、ペリンはやはり、人間ではない存在となってしまうはずだからだ。

狼は、人間とは別に、闇王と戦うものたちであるらしく、ペリンの立ち位置というのは、最後の戦い(ターモン・ガイ=ドン)の時、人間ではない狼というグループを、ランド・アル=ソアに結びつける役割をするのかもしれないが、そこのところもまだ曖昧模糊としているようだ。


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2004年12月~2005年4月