『プロバビリティ・ムーン』 | 手当たり次第の本棚

『プロバビリティ・ムーン』

この物語は、腰帯によれば三部作なのだそうで、人類と、フォーラーと呼ばれる異星人の戦いが描かれるのだそうだ。
しかし、物語はそんな事をおくびにも出さず、いきなり、フォーラーではない別の異星人の村に視点があてられる。
人類と非常によく似ているが、それなりに差異もあるこの人々は、花を儀礼的通貨として使用し、「現実を共有できる」事が社会の構成員の証となっており、その事が社会の絶対的基盤でもある。
この「現実を共有する」という言い回しが、ある意味、近似した地球の言葉に置き換える事が可能であるがため、現地でフィールドワークを進める人類学者にとってすら、相互理解を困難にしている。

厳密に言うと、この惑星に地球人が降りるのは2度目だとされているので、ファーストコンタクトものというわけではないが、異星文化との相互理解の難しさという点では、全く共通点がない種族相手よりも、かえって、共通点がある程度ある種族の方が、難しいのかもしれない、と思わせる。
そして、そういう困難さを踏まえて、ことあるごとに、花を儀礼に用いるこの人々の社会は、読んでいて魅力的なリアリティを備えている。

一方、宇宙では、この人々の住む惑星を巡る月の一つが、人工物であり、しかもそれが、戦争の焦点となり得るものらしいのだが、人類の敵とされるフォーラーについては、なぜそう呼ばれるのかを含め、ほとんど一切、説明されていない。
いったい、フォーラーとは何者なのか?
そして、焦点となるものを作った、(古代の)異星人は、またまた別の存在らしい。

すなわち、本書には、3種類の異星人が登場し、一見、相互につながりはないように見えるのだが、複雑なパズルのピースのように、だんだんと、それらがひとつの絵を描いていくという仕掛けだ。

宇宙ものであり、戦争ものでもあるが、従来のスペースオペラとも、ミリタリーSFとも違う。
精妙な物語が、ナンシー・クレス独特の巧みなストーリー・テリングによって進められていく。


プロバビィティ・ムーン (ハヤカワ文庫 SF ク 13-1)/ナンシー・クレス
2008年11月15日初版