【草枕 夏目漱石】 喜びの深きとき憂いよいよ深く、楽しみの大いなるほど苦しみも大きい | 本好き精神科医の死生学日記 ~ 言葉の力と生きる意味

本好き精神科医の死生学日記 ~ 言葉の力と生きる意味

「こんな苦しみに耐え、なぜ生きるのか…」必死で生きる人の悲しい眼と向き合うためには、何をどう学べばいいんだろう。言葉にできない悩みに寄りそうためにも、哲学、文学、死生学、仏教、心理学などを学び、自分自身の死生観を育んでいきます。

山路を登りながら、こう考えた。
智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。
意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。


有名な書き出しで始まる「草枕」。

名文と言うよりか、
格調高い文章というか、
芸術的な文章で、よくわからないけど感動します。

背表紙には、
「絢爛豊富な語彙と、多彩な文章を駆使して絵画的感覚美の世界を描き」
とある。

「坊っちゃん」「吾輩は猫である」や「こころ」とは、
また一味もふた味も違う文章に、
夏目漱石という人の奥深さを感じます。



■草枕 夏目漱石

世に住むこと二十年にして、住むに甲斐ある世と知った。
二十五年にして明暗は表裏のごとく、日のあたる所にはきっと影がさすと悟った。
三十の今日はこう思うている。
――喜びの深きとき憂(うれい)いよいよ深く、楽しみの大いなるほど苦しみも大きい。
これを切り放そうとすると身が持てぬ
片づけようとすれば世が立たぬ

金は大事だ、大事なものが殖(ふ)えれば寝る間も心配だろう。
恋はうれしい、嬉しい恋が積もれば、恋をせぬ昔がかえって恋しかろ
閣僚の肩は数百万人の足を支えている。
背中には重い天下がおぶさっている。
うまい物も食わねば惜しい。少し食えば飽き足らぬ
存分食えばあとが不愉快だ。……



草枕 (新潮文庫)/新潮社

¥452
Amazon.co.jp



幸せのことを「怖いくらい幸せ」と表現することがある。

幸せだからこそ、それがいつまで続くのだろうかと不安になる。

大事なものが増えれば増えるほど、それが失われやしないかと心配になる。

かといって、幸せを求めないわけにもいかないし、

大事なものなんていらない、なんて淋しいことも言いたくない。


とかく、人の世は難しい。


正論を言えば、嫌われるし、

同情すると、流されたり、自分自身が疲れたり。

かといって、意地を通したり、自分を大事にしようと思うと、

人付き合いが悪いとか、もっと相手の立場に立つことが大事とか、

なんとも窮屈で、不自由で、息苦しくなってくる。


「じゃあ、一体どうすればいいんだ・・・」

と、ぼやきたくなるのが、人の世の常なのかもしれないけれど。



幸せってなんだろうか。

世渡り上手なことでもなく、

情に厚いのも、それはそれで大変そう。

自由に生きることと、意地を通すことの違いってなんだろう。



少なくとも、こういう「問い」は、

時代を超えて、共通するもののようです。




【心理療法入門 河合隼雄】
 動きを止める「答え」よりも、 新たな動きを生ぜしめる「問い」を探す


【夢十夜 夏目漱石】
 第七夜:無限の後悔と恐怖を抱いて黒い波の方へ静かに落ちて行った


【こころ 夏目漱石】
 あなたはそのたった一人になれますか。 なってくれますか。


【なぜ生きる】
 苦しみの新しい間を楽しみといい、楽しみの古くなったのを苦しみという