この柱も痛かったのよ ~ うるわしき母子 | 本好き精神科医の死生学日記 ~ 言葉の力と生きる意味

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「こんな苦しみに耐え、なぜ生きるのか…」必死で生きる人の悲しい眼と向き合うためには、何をどう学べばいいんだろう。言葉にできない悩みに寄りそうためにも、哲学、文学、死生学、仏教、心理学などを学び、自分自身の死生観を育んでいきます。


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ただ「怒らない」のではなく、さらにもう一歩。




■この柱も痛かったのよ

      うるわしき母子



 かつて講演にゆく、車中での出来事である。
 ちょうど車内は、空席が多く広々として静かであった。
ゆったりとした気持ちで、周囲の座席を独占し、持参した書物を開いた。

 どのくらいの時間が、たったであろうか。
 読書の疲れと、リズミカルな列車の震動に、つい、ウトウトしはじめたころである。
 けたたましい警笛と、鋭い急ブレーキの金属音が、夢心地を破った。
 機関手が踏切で、なにか障害物を発見したらしい。
 相当のショックで、前のめりになったが、あやうく転倒はまぬがれた。

 同時に幼児の、かん高い泣き声がおきる。
 ななめ右前の座席に、幼児を連れた若い母親が乗車していたことに気がついた。
 たぶん子供に、窓ガラスに額をすりつけるようにして、
飛んでゆく車窓の風光を、楽しませていたのであろう。
 突然の衝撃に、幼児はその重い頭を強く窓枠にぶつけたようである。
子供はなおも激しく、泣き叫んでいる。

 けがを案じて立ってはみたが、たいしたこともなさそうなので、ホッとした。
 直後に私は、思わぬほのぼのとした、心あたたまる情景に接して、感動したのである。
 だいぶん痛みもおさまり、泣きやんだ子供の頭をなでながら、若きその母親は、やさしく子供に諭している。

「坊や、どんなにこそ痛かったでしょう。かわいそうに。
 お母さんがウンとなでてあげましょうね。
 でもね坊や、坊やも痛かったでしょうが、この柱も痛かったのよ。
 お母さんと一緒に、この柱もなでてあげようね」


 こっくりこっくりと、うなずいた子供は、母と一緒になって窓枠をなでているではないか。
「坊や痛かったでしょう。かわいそうに。
 この柱が悪いのよ。柱をたたいてやろうね」
 てっきり、こんな光景を想像していた私は赤面した。

 こんなとき、母子ともども柱を打つことによって、子供の腹だちをしずめ、
その場をおさめようとするのが、世のつねであるからである。

 なにか人生の苦しみに出会ったとき、苦しみを与えたと思われる相手を探し出し、
その相手を責めることによって己を納得させようとする
習慣を、
知らず知らずのうちに私たちは、子供に植えつけてはいないだろうか、と反省させられた。

 三つ子の魂、百までとやら、母の子に与える影響ほど絶大なものはない。

 相手の立場を理解しようとせず、己だけを主張する、我利我利亡者の未来は暗黒の地獄である。
 光明輝く浄土に向かう者は、相手も生かし己も生きる、自利利他の大道を進まなければならない。

 うるわしきこの母子に、“まことの幸せあれかし”と下車したのであった。




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作用反作用ではないが、
自分が痛いときには、同じくらい(同じように)苦しんでいる相手がいることは、少なくない。

自分が苦しんでいるときに、我が事のように心配して、心を痛めてくれている人がいたりもする。


辛いとき、苦しいときには、得てして自分のことしか考えられなくなってしまうけれども、
そんなときほど、相手の気持ちを思いやるひと呼吸が大切なのではないかと思う。


自分の痛みばかりに心を奪われると、悲劇のヒーローになったように、
世界で一番苦しんでいるのが自分のように思えてくる。


そうではなく、
相手の悩みに心を傾け、相手の幸せを念じていると、
そのタネまきのおかげなのか、
自分自身の苦しみ悩みも、和らぐ気がしてくるから不思議です。






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こだまでしょうか (金子みすず)




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