父の思い出と昔の教育

大事なのは親の後ろ姿であるということを前提にして、よいものはどんどん復活させればいいのです。
うちの父は尋常高等小学校卒ですが、考えることが好きな人でした。
ルービックキューブが流行りはじめたころ、自分でいろいろ工夫して、「ここをこうかわすと、こうなる。……」と、子供だった自分たちに教えてくれました。(わかりませんでしたが(笑))
それから、磁石を使った永久運動機関を作ったと言って、その仕組みを紙に書いて説明してくれたことがありました。(わかりませんでしたが(笑))
その父は、体格はとてもよかったのですが、体を壊し、戦後自分で板金業を始めました。
最初は、見よう見まねでやっていたようですが、もともと技術力があるので、次第に多くの人に認められるようになりました。
だから、年をとって引退したあとも、個人的に仕事を頼まれることがよくあったようです。
その父が、あるとき、神社の手水舎の屋根を銅板で張り替える仕事を頼まれたことがありました。
神社の仕事というのは、技術力の証の象徴のようなものなのです。
ある晩、家族で何かを話しているとき(うちは、毎晩夕食のときに家族でいろいろな話をするという習慣がありました。ほとんど父の独演会でしたが)、その神社の仕事をした屋根の裏に、教育勅語を全文書いてきたと言ったのです。
私はそのころ、戦後教育のおかげで左翼的な考えに近かったので、普通にふうんと聞いていましたが、その後、教育勅語を本で読んでみて、それが日本文化のひとつの優れた結晶だったのだと思いました。
高等小学校卒の父がそらんじていたであろう教育勅語が、当時の日本人の精神的支柱を形成していたのです。
だから、戦争中も、そして戦後も、人間として立派な行動をとるという姿勢が崩れなかったのだと思います。
もう、戦後は終わりました。
これまでの日本にあったよいものが、これから次々と復活してくると思います。
しかしそれは、戦後民主主義を経て、過去のものよりもより一層普遍的なものになり世界に通用する形でこれから復活してくるのだと思います。
▽参考記事
「日本を、取り戻す。」に従う下村博文文科相が、「教育勅語」復活を目指し、「道徳教育」に力を入れる
http://blogos.com/article/77154/
▽参考書籍
新『教育勅語』のすすめ―戦前、品格ある国家と日本人を創った源泉 清水 馨八郎 (2007/9)
http://www.amazon.co.jp/dp/4817406550