卒業~退院~

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娘の笑顔が多くなり、安定してから二週間後。

退院が決まった。

 

三ヵ月の入院生活。

長かった三ヵ月。

 

この三ヵ月は意味のあるものだったのかどうかはわからない。

これからが始まり。

 

退院が決まってからは、家にいるのとなんら変わらない様子が多くなった。

 

世間では、夏休みも終わり二学期が始まり中盤。

学校からは期末テストのお知らせと問題用紙と回答の用紙が届けられた。

 

ちゃんと学校に行っていたら、

 

国語は何点だった

数学は難しかった

社会は嫌いだから点数が低かった

 

こんな声が聞けていたかもしれない。

 

見たくない現実と見たかった現実。

 

学校のことは一切言葉にしない娘。

 

退院したら行きたいところ

退院したらやりたいこと

 

そんなことも一切言わない。

そして、聞かない。

 

吹っ切れているのか、はたまた何も考えていないのか。。。

 

退院の手続き。

診察。

注意事項。

 

一通りのことを済まして、幾度となく娘の元へ通った長い廊下を歩く。

軽いはずの足取りは、なぜか重い。

 

これからどうなる?

これからどうする?

 

また同じことが起きないよう、緊張の毎日が続くことを思うと胃が痛い。

 

娘にどう接したらいいのか。。。

 

考え事をしながら歩く廊下は、思ったより短い。

答えが出せないまま見慣れたドアの前に立つ。

いつも通りインターホンを鳴らし、病棟の中に入る。

 

中に入ると声を掛けられた。

 

「娘ちゃん退院だね。良かったね。」

 

娘と仲良くしてくれた子。

この子のどこが病気なのかわからないほど、礼儀正しくいい子。

 

「ありがとう」

と声を掛けるが笑顔で接していいのかわからず、顔がひきつる。

 

いつも会っていた面会室には入らず、皆が自由にしている机の並んだ

明るい場所で待つように指示された。

 

奥の自分の部屋から出てきた娘。

笑顔無くこちらに向かってくる。

 

「準備は出来てる?」

「うん。」

「退院だね」

「だね」

「荷物は?」

「持ってくる」

 

今日が退院とわかっていながら荷物を持ってこない。

わからない。

娘の気持ちが読めない。

 

余計なことは考えない方がいい。

 

そう自分に言い聞かせ、娘を待つ。

 

その間に担当者が書類を持ってきて、娘からの預かりものの確認をしてきた。

 

入院時に洋服から外された紐類。

携帯の充電器。

お風呂道具。

 

きっと家に帰っても、これらは片付けないで保管している気がした。

 

娘が荷物を持ってきて、忘れ物がないか確認後、出口へ向かう。

 

病棟の人たちがみんなで見送ってくれた。

 

「もう来ないんだよ!」

「元気でね!」

「退院おめでとう!」

「良かったね!」

 

それぞれ笑顔で声をかけてくれた。

 

娘も、

 

「ありがとうございました!」

 

とお礼を言っている。

それと同時に同じくお礼を言う。

 

何度か振り返り手を振り、締められるドア。

 

ドアの向こうから眺めている、まだ退院が決まっていない子たちが、

無表情で立っているのが見えた。

なんだかいたたまれない。

退院を望んでいるのかそうでないのかもわからない表情。

幾度となく退院していく人を見てきたであろう娘。

娘もあんな表情で眺めていたのだろうか。

 

感情が無くなること。

それは人でなくなるということかもしれない。

 

ドアひとつでこんなにも違う世界。

こちらの世界と向こうの世界。

現実世界と精神世界。

いまいる場所にいることが、申し訳なくなる感覚。

 

無言で歩く廊下。

担当のソーシャルワーカーにお礼を告げ、車に向かう。

 

車に乗った途端、

 

「ママ、お腹空いた!」

 

笑顔で元気に言う娘。

 

今日は何も考えずに、この娘の笑顔を消さないよう努めることにする。

 

「何食べたい?」

 

「ピザ!」

 

そう。

娘はピザが好き。

退院したら、ピザが食べたいと言っていた。

入院する時もピザだった。

 

レッスンに通う道すがら見つけたピザ屋さん。

幾度となくそこに行きたいと言っていたが、タイミングが合わなく

行けていなかった。

 

まずはお腹いっぱいにして、これからのことを娘と話そう。

ちゃんと娘と向き合おう。

 

迎えに行った時の重たい気持ちを払拭するように、お店に向かう運転は

スムーズだった。

 

続く...